ミレニアムバイパスの動作と、残る寄生容量
3PDTを使わずにLED表示を付けられるので、エフェクターの自作でよく使われる回路です。動作は単純ですが、超高インピーダンスのノードを1つ作るので、そのぶん癖もあります。
3PDTを使わずにLEDを点ける
エフェクターのフットスイッチには2つの役目があります。効果をかけていないときに回路を信号経路から外すこと(トゥルーバイパス)と、いま踏んでいるかをLEDで示すことです。
音声の切り替えに2極、LEDに1極。素直に配線すると3極2投(3PDT)が必要になります。3PDTは高価で、踏み心地も硬く、接点の寿命も短めです。
R.G. Keen が1999年に発表したミレニアムバイパスは、2極2投(DPDT)のまま、余っている接点が開いているかどうかをトランジスタで読み取ってLEDを点けます。スイッチの極を1つ節約するかわりに、1011Ω 級の超高インピーダンスノードを回路に1つ作ることになります。
DPDTの2極の使いかた
配線を先に確認しておきます。ここを勘違いすると後半の症状の説明がつながりません。
- 極1:入力ジャック ─ 出力ジャック(バイパス時に導通、エフェクトON時は開放)
- 極2:エフェクト出力 ─ 検出回路(バイパス時)/出力ジャック(エフェクトON時)
エフェクトの入力は、どちらの状態でも入力ジャックにつながったままです。切り替わるのは出力側だけで、原典の配線図でもそうなっています。トゥルーバイパスと呼ばれてはいますが、入力側は切れていません。
検出しているのは「センス線が開放かどうか」だけ
検出回路が見ているのは1点だけです。センス線が開放か、それとも低い抵抗でグラウンドに落ちているか。
バイパス時は、極2がセンス線をエフェクト出力につなぎます。エフェクトの出力段には、出力カップリングコンデンサの先にボリュームかプルダウン抵抗があります。これがグラウンドへの直流路になり、MOSFETのゲートを0Vに保ちます。MOSFETはOFF、ドレインは9V側に張り付いたままで、LEDは消えています。
エフェクトON時は、極2がセンス線から離れて開放になります。ゲートを引き下げるものが無くなるので、+9V から 1N914 の逆方向リーク電流(10〜15nA)がゲートを持ち上げていきます。しきい値を超えるとMOSFETがONし、ドレインが引き下げられてLEDが点きます。
プルアップに抵抗ではなくダイオードのリークを使っているのがこの回路の要点です。10MΩでプルアップすると900nAが流れ、バイパス中はその電流がエフェクトの出力コンデンサを充電してしまいます。踏み替えたときの電圧の跳ねがポップノイズになります。
MOSFETがONするまで
「リーク電流でゲートを持ち上げる」のところをもう少し細かく見ます。
MOSFETのゲートは酸化膜で絶縁されていて、直流はほとんど流れません(BS170のゲートリークは規格で最大100nA、実力では pA オーダーです)。したがって1N914から来た10nAは、ゲート容量 Ciss と配線容量を充電するだけに使われます。合わせて60pFとすると、電圧の上がりかたは ΔV = I × t ÷ C で決まります。
抵抗プルアップなら指数関数で立ち上がりますが、ダイオードのリークは電圧にほとんど依存しない定電流なので、ゲート電圧は時間に比例してまっすぐ上がります。10nA と 60pF なら 0.17V/ms です。
BS170は Nチャネルのエンハンスメント型 です。VGS = 0V ではチャネルができておらず、ドレイン電流は流れません。VGS がしきい値 VGS(th) を超えるとチャネルができて電流が流れはじめます。この回路が成立するのはエンハンスメント型だからで、デプレッション型を使うと VGS = 0V でも電流が流れてしまい、消灯状態が作れません。
BS170 の VGS(th) は 0.8〜3.0V と幅があります。2.0V の個体なら 2.0V ÷ 0.17V/ms で約12ms。3.0V の個体なら約18ms。同じ回路でも個体によって点灯タイミングが変わります。
しきい値を超えた後のドレイン電流は、MOSFETではなく直列抵抗が決めます。赤色LEDの順方向電圧を2.0V、抵抗を2.2kΩとすると (9 − 2.0) ÷ 2200 = 3.2mA。MOSFETのオン抵抗は数Ωなので効いてきません。
しきい値の前後はデジタル的に切り替わるわけではなく、MOSFETが可変抵抗のように振る舞う領域を通ります。ゲート電圧がゆっくり上がるこの回路では、その途中経過がそのままLEDの明るさに出ます。
プルアップ電流とクリック音
バイパス中、プルアップ電流 I はセンス線を通ってエフェクト出力の直流抵抗 Rint に流れ込み、出力コンデンサを V = I × Rint まで充電します。踏んだ瞬間にこの電圧が次段に渡り、クリックとして聞こえます。
ギターの出力が100mV程度なので、10mV以下に抑えたいところです。そうすると Rint の上限はこうなります。
| プルアップの方式 | 電流 | 許される Rint | 適用範囲 |
|---|---|---|---|
| 10MΩ 抵抗(Rat方式) | 約900nA | 11kΩ 以下 | 出力抵抗の低い回路に限られる |
| 22MΩ 抵抗 | 約400nA | 25kΩ 以下 | まだ厳しい |
| 1N914 のリーク | 10〜15nA | 0.7〜1MΩ | ほぼどの回路でも使える |
ミレニアムがどんなエフェクトにも後付けできると言われるのは、この表の3行目のためです。プルアップを抵抗からダイオードのリークに変えただけで、使える回路の幅が2桁変わっています。
LEDがゆっくり点く理由
実際に組むと、LEDは0.5秒くらいかけて点灯します。前の節の計算では12ms前後だったので、40倍ほど遅いことになります。
容量が大きいのではなく、ゲートに届く電流が計算より2桁小さいのが原因です。1N914のリークから、クランプ側ダイオードの逆リーク、MOSFETのゲートリーク、基板表面のリークを差し引いた残りしか充電に使えません。0.5秒から逆算すると、実効的な電流は240pA程度です。
検出ノードにぶら下がっている容量のほうは、MOSFETの Ciss、基板パターンとスイッチまでの配線、ダイオード2本の接合容量で、合わせて30〜80pFになります。
実装上の注意
- フラックスの拭き残しや湿気でLEDが点かなくなります。基板表面の抵抗が数百MΩまで落ちると、10nAはそちらへ逃げます。この回路だけは洗浄を省けません。
- ノードを指で触ると点灯が変わります。1011Ω に対しては、人体もハンダの汚れも十分な導体です。
- ハムを拾います。高インピーダンスのノードは容量結合のアンテナになります。センス線を電源やトランスの近くに這わせると、LEDがちらつくことがあります。
- 点灯が遅いのは仕様です。速くしたいならリークの大きいダイオード、つまり 1N914 や 1N4148 のような金ドープ品を使います。低リークの高品質なスイッチングダイオードを使うと何秒も点きません。
R.G. Keen が2004年に「低リークのダイオードを使うな」という注記を追加しているのはこのためです。この回路ではリークの大きさが仕様値で、素子の良し悪しとは逆向きになります。
バイパス中に音が漏れる
この方式で一番多い相談が、バイパスにしているのにファズやディストーションの音がうっすら聞こえる、というものです。原因は配線の非対称さにあります。
最初に見たとおり、バイパス中もエフェクトの入力は切り離されていません。ギターの信号は回路に入りっぱなしで、60dBのゲイン段はフルに歪んだ信号を作り続けています。それを止めているのは、開いたスイッチ接点1つだけです。
接点は開いていても 0.3〜1pF の容量が残ります。0.5pFとして、次段の入力インピーダンス1MΩに対する減衰を計算するとこうなります。
| 周波数 | |ZC| | 減衰 | 出力ジャックでの漏れ電圧 |
|---|---|---|---|
| 100Hz | 3.2GΩ | −70dB | 0.31mV |
| 1kHz | 318MΩ | −50dB | 3.1mV |
| 5kHz | 63.7MΩ | −36dB | 15.7mV |
| 10kHz | 31.8MΩ | −30dB | 31mV |
バイパス中に出力ジャックへ出ているギターの生信号は約100mVです。5kHzで15.7mVということは、正規の信号に対して −16dB。無音時にはっきり聞こえる大きさです。
周波数が上がるほど漏れが増える(20dB/dec)ので、低音は出てこず高域だけが漏れます。バイパスにするとジリジリしたノイズが乗る、という訴えはこれです。
漏れを減らすには
「入力が切れていない」「歪み段のゲイン」「接点間容量」の掛け算なので、対策もこの3つのどれかを叩くことになります。
- 接点間容量を減らす。使う接点をスイッチの端側に寄せ、隣の接点は空けておきます。これだけで数分の1になります。
- センス線を短くする、またはシールド線にする。バイパス中のセンス線には歪んだフル出力が乗った状態で筐体を横断しています。バイパス線と並走させると、接点間容量より大きな結合になることがあります。
- エフェクト出力側にプルダウンを追加する。バイパス中の出力ノードのインピーダンスが下がれば、そこから漏れる量も減ります。ただしクリックの節で見たとおり下げすぎるとポップノイズが出るので、Rint は数百kΩまでです。
- 入力も切る。結局これが一番効きますが、極がもう1つ要るので3PDTに戻ることになります。
ゲインの高いペダルほどミレニアムとは相性が悪いということです。バッファやブースト、モジュレーションのように出力が数百mVで収まる回路なら、漏れは −50dB 以下に埋もれるので実用上問題になりません。
いま作るなら
1999年当時と違って3PDTは安く手に入ります。ゲインの高い回路なら3PDTで入出力とも切るほうが確実です。
それでも回路としては読む価値があります。機械接点を1つ減らすかわりに超高インピーダンスのノードを作る、というトレードの例で、モーメンタリスイッチ+マイコン+リレーのソフトタッチバイパスや、リーク電流で状態を保持するリセット回路も同じ形をしています。
そして高インピーダンスのノードを1つでも作ったら、寄生容量と表面リークは設計値として扱うことになります。
よくある質問
ミレニアムバイパスは本当にトゥルーバイパスですか?
MOSFETはエンハンスメント型でなければだめですか?
LEDが点きません。何を疑えばよいですか?
LEDが点くのが遅いのを速くできますか?
参考にした規格・資料
- R.G. Keen, "The Millenium Bypass", GEOFEX (1999、2004年更新) — 原典。ミレニアム1(JFET)とミレニアム2(MOSFET)の回路図、Rat方式との比較、低リークダイオードに関する注記
- R.G. Keen, "The Technology of Bypasses", GEOFEX — バイパス方式の系譜と、それぞれの損失・ノイズ
- onsemi BS170 データシート — VGS(th) の範囲、Ciss、ゲートリークの規格値。本文の見積りに使用
- onsemi 1N914 / 1N4148 データシート — 逆方向リーク電流の規格値。金ドープ品でリークが大きいこと