PoE が 48V をかける前にやっていること

LANケーブルには、PoEに対応していない機器も刺さります。PSE がいきなり48Vを出さないのはそのためで、まず数ボルトで相手を確かめ、次に何ワット要るかを聞いてから、ようやく投入します。

最終更新: 2026-09-10 PoEIEEE 802.3電源シーケンス電圧降下

相手が PoE 機器とは限らない

RJ45 のポートには、PoE 対応のカメラも、ただのPCも、古いハブも刺さります。挿した瞬間に48Vが出ていたら、対応していない機器のトランスやPHYを壊すことになります。

そこで PoE では、給電の前に2つの確認を挟みます。検出で「相手はPoE機器か」を、クラス分類で「何ワット要るのか」を確かめます。どちらも、48Vよりずっと低い電圧で行います。

USB PD が5Vから始めて通信で交渉するのに対し、PoE はもっと低い電圧で、相手の電気的な素性を測るところから始めます。プロトコルではなく測定です。

検出:2点かけて傾きを見る

PSE は 2.7〜10.1V の範囲で電圧をかけ、電流を測ります。電流は 5mA を超えないように制限されます。PD 側は、この電圧範囲で 25kΩ に見えるように作られています(規格上の合格範囲は 23.75〜26.25kΩ)。

ここで問題になるのが、経路に入っているダイオードです。PoE の PD は極性がどちらでも動くようにブリッジ整流器を入れているので、信号経路には常にダイオードが2個直列で入ります。つまり 電流は原点を通りません

1点だけ測って V ÷ I を計算すると、このオフセットのぶんだけ抵抗が大きく見えます。4V をかけたときの電流は (4 − 1.4) ÷ 25k = 104µA なので、V ÷ I = 38.5kΩ。25kΩ の PD が「規格外」と判定されてしまいます。

そこで 2点測って差をとります。4V と 8V なら、電流は 104µA と 264µA。ΔV ÷ ΔI = 4V ÷ 160µA = 25.0kΩ。ダイオードのオフセットは差をとった時点で消えるので、正しく出ます。

「ちょっとずつかけていく」の中身はこれです。段階的に上げているのは慎重さのためだけではなく、2点なければ傾きが求まらないという測定上の要請でもあります。

PoE の検出左は回路で、PSEが2.7から10.1ボルトをかけ、PD側はブリッジ整流器の先に25キロオームの signature 抵抗を持つ。右は電流対印加電圧のグラフで、ダイオード2個ぶん約1.4ボルトのオフセットがあるため直線は原点を通らない。4ボルトで104マイクロアンペア、8ボルトで264マイクロアンペアの2点をとり、その差から4ボルト割る160マイクロアンペアで25キロオームが求まる。1点だけで割ると38.5キロオームになり、規格外と誤判定する。 検出:2.7〜10.1V を2点かけて、傾きから抵抗を出す 電流は5mA以下に制限される。ここではまだ48Vは出ていない PSE(給電側) 2.7〜10.1V を2点かける LANケーブル PD(受電側) ブリッジ整流器 25k ダイオード2個ぶん 約1.4V のオフセットが必ず入る 電流 印加電圧 4V / 104µA 8V / 264µA 傾き=1/25kΩ 原点を通ると思うと外れる 同じPDでも、測りかたで答えが変わる 1点だけ:4V ÷ 104µA = 38.5kΩ → 規格外と判定してしまう 2点の差:(8V − 4V)÷(264µA − 104µA)= 4V ÷ 160µA = 25.0kΩ → 合格(23.75〜26.25kΩ)
図1:検出は2点測定。ブリッジのダイオードぶんのオフセットがあるので、1点の V÷I では正しい抵抗が出ない。

クラス分類:電圧をひと段上げて、電流を聞く

検出に通ったら、PSE は電圧を 15.5〜20.5V に上げます。PD はこの電圧範囲で、自分の要求電力に対応した電流を流します。PSE はその電流値を読んで、確保すべき電力を決めます。

クラス分類で PD が流す電流と、対応する電力
クラスPD が流す電流PSE が確保する電力PD が使える電力
00〜4mA15.4W12.95W
19〜12mA4.0W3.84W
217〜20mA7.0W6.49W
326〜30mA15.4W12.95W
436〜44mA30W25.5W

クラス4(Type 2 / PoE+)以上を使うには、この分類を2回繰り返す「2イベント分類」か、給電開始後の LLDP による交渉が必要です。802.3bt(Type 3 / 4)ではクラス5〜8が追加され、4対すべてを使って PD 側で最大 71.3W まで取れます。

クラス分類は電力の予約でしかありません。PD が実際にそれだけ使うかは別の話で、PSE 側は確保した電力を他のポートに回せなくなります。48ポートのスイッチで電源容量が足りなくなるのは、たいていここの積み上げです。

投入してから、切れるまで

クラスが決まると、PSE はようやく本電圧を出します。ここでも一気に立ち上げるわけではなく、PD 側の入力コンデンサへの突入電流が規定内に収まるよう、電流を制限しながら上げます。PD 側のコントローラにも突入制限回路が入っています。

給電が始まったあとも、PSE は相手がまだそこにいるかを見ています。これが MPS(Maintain Power Signature)で、PD は最低でも 10mA を流し続けなければなりません。

ここが実機で引っかかります。PD がスリープして消費電流が 10mA を下回ると、PSE は「抜かれた」と判断して給電を止めます。省電力にしたら電源が落ちるという症状は、たいていこれです。対策は、スリープ中もダミー負荷で 10mA を確保するか、パルス的に電流を引くことです。

PoE の給電シーケンス横軸を時間、縦軸をケーブル上の電圧としたグラフ。0ボルトから、まず4ボルトと8ボルトの2段の低い検出パルスが出て、いったん0に戻る。次に18ボルト前後のクラス分類のパルスが出て、また0に戻る。そのあと本電圧の53ボルトまで立ち上がり、通常動作に入る。検出とクラス分類の電圧が本電圧に比べてどれだけ低いかが分かる。 0V から本電圧まで、何がどの順で起きるか 検出とクラス分類は、本電圧よりずっと低い電圧で行われる 10V 20V 50V 57V 0 ケーブル上の電圧 ① 検出 2.7〜10.1V・5mA以下。25kΩを確認 ② クラス分類 15.5〜20.5V。PDが流す電流でクラスを判定 ③ 投入 突入電流を制限しながら本電圧まで立ち上げる ④ 通常動作 PSE 44〜57V。PDは MPS として 10mA 以上を流し続ける MPS が途切れると PSE は給電を止め、①からやり直しになる。省電力設計で電源が落ちる原因はここ
図2:0V から本電圧まで。検出とクラス分類が 53V に比べてどれだけ低い電圧で行われているかに注目。

PD の最低電圧はケーブルの電圧降下で決まる

規格を読むと、PSE 側と PD 側で最低電圧が違います。Type 1 は PSE が 44V 以上、PD は 37V まで。Type 2 は PSE が 50V 以上、PD は 42.5V まで。この差は覚えるものではなく、ケーブルの電圧降下から出てきた数字です。

Type 1 は最大 350mA、チャネル抵抗の上限が 20Ω。44V − 0.35A × 20Ω = 37V。

Type 2 は最大 600mA、4対化で導体が増えるためチャネル抵抗の上限が 12.5Ω。50V − 0.6A × 12.5Ω = 42.5V。

どちらもぴったり一致します。PD の最低入力電圧は、最悪ケースのケーブルで最大電流を流したときに PD の端子に残る電圧そのものです。

つまり PoE の設計で効いてくるのは、いつもの 電圧降下 です。Cat5e の 24AWG は 1本あたりおよそ 9.4Ω/100m。2対で往復すると、100m でだいたい 9〜10Ω になります。

PoE の電圧の収支Type 1 は、PSE の最低出力44ボルトから、最大350ミリアンペアとチャネル抵抗20オームによる7.0ボルトの降下を引いて、PD の最低入力電圧37ボルトになる。Type 2 は、PSE の最低出力50ボルトから、最大600ミリアンペアとチャネル抵抗12.5オームによる7.5ボルトの降下を引いて、42.5ボルトになる。 PD の最低入力電圧は、ケーブルの電圧降下から出ている 覚える数字ではなく、引き算の結果 Type 1(802.3af・最大 350mA) 44V PSE の最低出力電圧 0.35A × 20Ω = 7.0V チャネル抵抗の上限は 20Ω = 37V PD の最低入力電圧 Type 2(802.3at・最大 600mA) 50V PSE の最低出力電圧 0.6A × 12.5Ω = 7.5V 4対化でチャネル抵抗は 12.5Ω = 42.5V PD の最低入力電圧 Cat5e の 24AWG は1本あたり約 9.4Ω/100m。2対で往復すると 100m で 9〜10Ω になる 入力電圧が下がると、同じ電力を取るのに電流が増え、電圧降下がさらに増える
図3:PD の最低電圧は、PSE の最低電圧からケーブルの電圧降下を引いた値。規格の数字はここから出ている。

実機で引っかかるところ

  • 検出用の25kΩにコンデンサをぶら下げない。PSE は短い時間で2点を測ります。ノード容量が大きいと電流が落ち着かず、抵抗値が正しく読まれません。
  • クラス分類は予約であって上限ではない。PSE によっては、クラスを超えて電流を引くと過電流で切ります。実消費に対して正しいクラスを申告してください。
  • スリープと MPS。省電力設計と PoE は素直に喧嘩します。10mA(≒0.5W)を捨てる前提で設計するか、間欠的に電流を引く方式にします。
  • ケーブル長は電力に効く。100m の Cat5e で 10Ω 前後、最大電流では 6〜7V 落ちます。PD の入力電圧が下がると同じ電力でも電流が増え、降下がさらに増えます。
  • 非標準の「パッシブPoE」がある。検出もクラス分類もせず、常時48Vを出しているだけの機器があります。標準の PD を挿せば動きますが、逆に非対応機器を挿すと壊れます。

よくある質問

なぜ検出で2点も測るのですか。1点で足りませんか。
PD のブリッジ整流器のぶん、電流が原点を通らないためです。1点の V÷I にはダイオードの順方向電圧が誤差として乗ります。4V で測ると 25kΩ の PD が 38.5kΩ に見えてしまい、規格外と判定されます。2点の差をとれば傾きだけが残り、オフセットが消えます。
PoE 機器がスリープすると電源が落ちます。
MPS(Maintain Power Signature)を疑ってください。PD は最低 10mA を流し続ける必要があり、下回ると PSE は切断されたと判断して給電を止めます。スリープ中もダミー負荷で 10mA を確保するか、間欠的に電流を引く設計にします。
PD の最低電圧が 37V と 42.5V で違うのはなぜですか。
ケーブルでの電圧降下が違うからです。Type 1 は PSE 最低 44V・最大 350mA・チャネル 20Ω で 44 − 7 = 37V。Type 2 は PSE 最低 50V・最大 600mA・チャネル 12.5Ω で 50 − 7.5 = 42.5V。規格の数字はこの引き算の結果です。
クラスを高く申告しておけば安心ですか。
安全側ではありますが、PSE 側でその電力が予約されます。48ポートのスイッチで全ポートが過大申告すると、電源容量が先に尽きて給電できないポートが出ます。実消費に合わせたクラスにしてください。

参考にした規格・資料

  • IEEE 802.3(Clause 33 / 145) — 検出・クラス分類・MPS の規定と、PSE / PD の電圧・電流の範囲
  • IEEE 802.3af / 802.3at / 802.3bt — Type 1 / 2 / 3 / 4 の電力とクラスの定義
  • TIA-568 / ISO-IEC 11801 — Cat5e / Cat6 の導体抵抗。電圧降下の見積りに使用

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