PoE が 48V をかける前にやっていること
LANケーブルには、PoEに対応していない機器も刺さります。PSE がいきなり48Vを出さないのはそのためで、まず数ボルトで相手を確かめ、次に何ワット要るかを聞いてから、ようやく投入します。
相手が PoE 機器とは限らない
RJ45 のポートには、PoE 対応のカメラも、ただのPCも、古いハブも刺さります。挿した瞬間に48Vが出ていたら、対応していない機器のトランスやPHYを壊すことになります。
そこで PoE では、給電の前に2つの確認を挟みます。検出で「相手はPoE機器か」を、クラス分類で「何ワット要るのか」を確かめます。どちらも、48Vよりずっと低い電圧で行います。
USB PD が5Vから始めて通信で交渉するのに対し、PoE はもっと低い電圧で、相手の電気的な素性を測るところから始めます。プロトコルではなく測定です。
検出:2点かけて傾きを見る
PSE は 2.7〜10.1V の範囲で電圧をかけ、電流を測ります。電流は 5mA を超えないように制限されます。PD 側は、この電圧範囲で 25kΩ に見えるように作られています(規格上の合格範囲は 23.75〜26.25kΩ)。
ここで問題になるのが、経路に入っているダイオードです。PoE の PD は極性がどちらでも動くようにブリッジ整流器を入れているので、信号経路には常にダイオードが2個直列で入ります。つまり 電流は原点を通りません。
1点だけ測って V ÷ I を計算すると、このオフセットのぶんだけ抵抗が大きく見えます。4V をかけたときの電流は (4 − 1.4) ÷ 25k = 104µA なので、V ÷ I = 38.5kΩ。25kΩ の PD が「規格外」と判定されてしまいます。
そこで 2点測って差をとります。4V と 8V なら、電流は 104µA と 264µA。ΔV ÷ ΔI = 4V ÷ 160µA = 25.0kΩ。ダイオードのオフセットは差をとった時点で消えるので、正しく出ます。
「ちょっとずつかけていく」の中身はこれです。段階的に上げているのは慎重さのためだけではなく、2点なければ傾きが求まらないという測定上の要請でもあります。
クラス分類:電圧をひと段上げて、電流を聞く
検出に通ったら、PSE は電圧を 15.5〜20.5V に上げます。PD はこの電圧範囲で、自分の要求電力に対応した電流を流します。PSE はその電流値を読んで、確保すべき電力を決めます。
| クラス | PD が流す電流 | PSE が確保する電力 | PD が使える電力 |
|---|---|---|---|
| 0 | 0〜4mA | 15.4W | 12.95W |
| 1 | 9〜12mA | 4.0W | 3.84W |
| 2 | 17〜20mA | 7.0W | 6.49W |
| 3 | 26〜30mA | 15.4W | 12.95W |
| 4 | 36〜44mA | 30W | 25.5W |
クラス4(Type 2 / PoE+)以上を使うには、この分類を2回繰り返す「2イベント分類」か、給電開始後の LLDP による交渉が必要です。802.3bt(Type 3 / 4)ではクラス5〜8が追加され、4対すべてを使って PD 側で最大 71.3W まで取れます。
クラス分類は電力の予約でしかありません。PD が実際にそれだけ使うかは別の話で、PSE 側は確保した電力を他のポートに回せなくなります。48ポートのスイッチで電源容量が足りなくなるのは、たいていここの積み上げです。
投入してから、切れるまで
クラスが決まると、PSE はようやく本電圧を出します。ここでも一気に立ち上げるわけではなく、PD 側の入力コンデンサへの突入電流が規定内に収まるよう、電流を制限しながら上げます。PD 側のコントローラにも突入制限回路が入っています。
給電が始まったあとも、PSE は相手がまだそこにいるかを見ています。これが MPS(Maintain Power Signature)で、PD は最低でも 10mA を流し続けなければなりません。
ここが実機で引っかかります。PD がスリープして消費電流が 10mA を下回ると、PSE は「抜かれた」と判断して給電を止めます。省電力にしたら電源が落ちるという症状は、たいていこれです。対策は、スリープ中もダミー負荷で 10mA を確保するか、パルス的に電流を引くことです。
PD の最低電圧はケーブルの電圧降下で決まる
規格を読むと、PSE 側と PD 側で最低電圧が違います。Type 1 は PSE が 44V 以上、PD は 37V まで。Type 2 は PSE が 50V 以上、PD は 42.5V まで。この差は覚えるものではなく、ケーブルの電圧降下から出てきた数字です。
Type 1 は最大 350mA、チャネル抵抗の上限が 20Ω。44V − 0.35A × 20Ω = 37V。
Type 2 は最大 600mA、4対化で導体が増えるためチャネル抵抗の上限が 12.5Ω。50V − 0.6A × 12.5Ω = 42.5V。
どちらもぴったり一致します。PD の最低入力電圧は、最悪ケースのケーブルで最大電流を流したときに PD の端子に残る電圧そのものです。
つまり PoE の設計で効いてくるのは、いつもの 電圧降下 です。Cat5e の 24AWG は 1本あたりおよそ 9.4Ω/100m。2対で往復すると、100m でだいたい 9〜10Ω になります。
実機で引っかかるところ
- 検出用の25kΩにコンデンサをぶら下げない。PSE は短い時間で2点を測ります。ノード容量が大きいと電流が落ち着かず、抵抗値が正しく読まれません。
- クラス分類は予約であって上限ではない。PSE によっては、クラスを超えて電流を引くと過電流で切ります。実消費に対して正しいクラスを申告してください。
- スリープと MPS。省電力設計と PoE は素直に喧嘩します。10mA(≒0.5W)を捨てる前提で設計するか、間欠的に電流を引く方式にします。
- ケーブル長は電力に効く。100m の Cat5e で 10Ω 前後、最大電流では 6〜7V 落ちます。PD の入力電圧が下がると同じ電力でも電流が増え、降下がさらに増えます。
- 非標準の「パッシブPoE」がある。検出もクラス分類もせず、常時48Vを出しているだけの機器があります。標準の PD を挿せば動きますが、逆に非対応機器を挿すと壊れます。
よくある質問
なぜ検出で2点も測るのですか。1点で足りませんか。
PoE 機器がスリープすると電源が落ちます。
PD の最低電圧が 37V と 42.5V で違うのはなぜですか。
クラスを高く申告しておけば安心ですか。
参考にした規格・資料
- IEEE 802.3(Clause 33 / 145) — 検出・クラス分類・MPS の規定と、PSE / PD の電圧・電流の範囲
- IEEE 802.3af / 802.3at / 802.3bt — Type 1 / 2 / 3 / 4 の電力とクラスの定義
- TIA-568 / ISO-IEC 11801 — Cat5e / Cat6 の導体抵抗。電圧降下の見積りに使用