古いディストーションと現代のハイゲイン:Distortion+・RAT とメタルゾーン系の回路の違いを ngspice で聴き比べる

1970 年代のディストーションは OP アンプ 1 段で増幅してダイオードで切るだけですが、1991 年の Boss MT-2 Metal Zone は 2 段で潰し、段の間と後ろにフィルタを重ねます。ダイオードの手前までの利得は RAT とほぼ同じで、違いは利得の大きさより、どこで潰してその間に何を挟むかにあります。

最終更新: 2026-10-18 ディストーションハイゲインメタルゾーンクリッピングSPICE

「古い」と「現代」の分け方

ここでいう古いディストーションは、1970 年代に出た MXR Distortion+、ProCo RAT(1978 年)、Boss DS-1(1978 年)のような回路です。OP アンプ(DS-1 はトランジスタのブースタも)で 1 回増幅し、ダイオードを GND へつないで切り、簡単なトーンで高域を調整します。

現代のハイゲインの代表として、1991 年の Boss MT-2 Metal Zone を取り上げます。Boss はこの回路を 2 段のゲイン回路と、歪みの前後にある 7 つのフィルタで説明しています。後ろには 3 バンドのアクティブなイコライザがあり、中域の周波数も動かせます。

古いディストーションと現代のハイゲイン
古い型(Distortion+、RAT)現代型(メタルゾーン系)
増幅段1 段2 段(それぞれに利得の山)
潰すところダイオード 1 か所1 段目の OP アンプの振幅の上限と、2 段目のあとのダイオード
段の間なしハイパス・ローパスで帯域を絞る
歪みの後ローパス 1 つ(Tone、Filter)固定のフィルタと、Low・Mid・High のイコライザ
古いディストーションと現代のハイゲインの信号の流れ3 行のブロック図。Distortion+ は増幅 1 段とゲルマニウムダイオード、RAT は増幅 1 段とシリコンダイオードと Filter。メタルゾーン系はハイパス、1 段目の増幅、ローパス、2 段目の増幅、ダイオード、ローパス、イコライザの順。 古い型は増幅と潰しが 1 回、現代型は 2 回 現代型は段の間と後ろにフィルタを重ねる(メタルゾーン系は Electric Druid の解析による) MXR Distortion+(1970 年代) 増幅 1 段(741)最大 214 倍(46.6dB) Ge ダイオードGND へ、±0.3V ProCo RAT(1978 年) 増幅 1 段(LM308)最大 2300 倍、GBW で頭打ち Si ダイオードGND へ、±0.6V Filterローパス メタルゾーン系(Boss MT-2、1991 年) ハイパス106Hz 1 段目1kHz に山、36dB ローパス分圧 + C 2 段目×2〜×252 Si ダイオード2.2kΩ 経由 ローパス最大 −10dB イコライザLow・Mid・High 増幅 ダイオードで潰す 固定のフィルタ つまみで動くイコライザ
図1:古い型と現代型の信号の流れ。古い型は増幅とクリップが 1 回ずつ、現代型は増幅とクリップを 2 回くり返し、間と後ろにフィルタを重ねる。

試聴の条件:ブリッジミュートの刻みを足した

ギターの合成、ピックアップ(シングルコイルとハムバッカー)、ngspice での解き方、音量のそろえ方は、オーバードライブ・ディストーション・ファズの回路と同じです。

今回はフレーズを 1 本足しました。6 弦と 5 弦のブリッジミュートを 16 分音符(120BPM)で刻み、G5・A#5・A5 のアクセントを挟んで、最後に E5 を伸ばす 7.4 秒のリフです。低い弦を速く刻むと、歪ませる前の低音の扱いの違いがいちばんはっきり出ます。

  • 原音(リフ)ピックアップ → ケーブル → アンプ入力(1MΩ)
ピックアップ

古い型:1 段で増幅して、ダイオードで切る

MXR Distortion+ は、741 の非反転増幅 1 段とゲルマニウムダイオード 2 本だけの回路です。反転入力から GND へ 4.7kΩ + 47nF、帰還に Distortion(1MΩ)で、利得は最大 1 + 1M ÷ 4.7k = 214 倍(46.6dB)です。47nF があるので、720Hz より下では利得が下がります。出力は 1µF と 10kΩ を通してゲルマニウムダイオードで GND へ切られ、1nF で高域を少し落とします。

RAT も同じ形で、LM308 の利得が大きく(Distortion 最大で 67dB、実際は GBW で頭打ち)、ダイオードはシリコンです(前の記事の図4)。DS-1 は OP アンプの前にトランジスタのブースタを置き、低域を削ってから増幅します。どれも、潰すのは 1 回だけです。

1 回で潰す回路では、増幅した帯域の倍音と、和音の混変調がそのまま出力に出ます。Distortion+ はゲルマニウムの 0.3V で切るので、出力も小さくなります。

  • Distortion+(リフ)Distortion 最大(214 倍)
  • RAT(リフ)Distortion 最大、Filter 2.9kHz
  • Distortion+(フレーズ)Distortion 最大
  • RAT(フレーズ)Distortion 最大
ピックアップ

現代型:2 段で潰し、間にフィルタを挟む

メタルゾーン系の回路は、Electric Druid の回路解析をもとに組みました。入力は 15nF + 100kΩ のハイパス(106Hz)で、1 段目の OP アンプは帰還が 220kΩ ∥ 100pF、GND 側にトランジスタのジャイレータで作った 1kHz 付近の共振があります。シミュレーションではジャイレータを直列の RLC に置き換え、解析の数字(利得の山 36dB)に合わせました。

1 段目のあとは 10kΩ / 10kΩ の分圧とコンデンサで高域を落とし、33nF + 100kΩ のハイパス(48Hz)を通して 2 段目へ入ります。2 段目は 1 + (1k + Distortion) ÷ 1k で、Distortion(250kΩ)を回すと ×2 から ×252 まで変わります。そのあと 2.2kΩ を通してシリコンダイオードで GND へ切り、最大 −10dB の高域のシェルフで仕上げます。

1 段目だけで 1kHz 付近の利得は 36dB あり、0.3V の入力でも OP アンプの振幅の上限(±3.2V)に当たります。つまり 1 回目の潰しは 1 段目で起き、そこで出た倍音の上のほうを段間のローパスが削ってから、2 段目でもう一度潰します。低い弦の基音(82Hz)は 1 段目では約 1V で、まだ潰れません。1 段目で先に潰れるのは中域から上で、低音は 2 段目まで原形のまま運ばれます。

ダイオードの手前までの小信号の利得は、試聴の設定(Distortion 100kΩ)で最大 65dB です。RAT の Distortion 最大(64dB)とほぼ同じで、現代型は利得そのものが大きいわけではありません(図2)。

  • メタルゾーン系(リフ)Distortion 100kΩ(2 段目 ×102)、EQ フラット
  • メタルゾーン系(フレーズ)Distortion 100kΩ、EQ フラット
ピックアップ
ダイオードの手前までの利得Distortion+(Distortion 最大)、RAT(Distortion 最大)、メタルゾーン系(Distortion 100kΩ)の、ギターの出力からクリップするダイオードの手前までの小信号の利得を 20Hz から 20kHz まで重ねたグラフ。最大値は約 46dB、64dB、65dB。メタルゾーン系の 1 段目だけの利得を破線で示す。 ギターの出力からダイオードの手前までの利得(小信号) ngspice の小信号解析。試聴音と同じ定数 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k 0dB 20dB 40dB 60dB 80dB 周波数 [Hz] 低い弦の基音 Distortion+(最大) 最大 46dB。82Hz では 26dB RAT(最大) 最大 64dB。82Hz では 47dB メタルゾーン系(Dist 100kΩ) 最大 65dB。82Hz では 42dB メタルゾーン系の 1 段目まで ここで OP アンプの上限に当たる 利得の最大値は RAT とメタルゾーン系でほぼ同じ。違うのは、途中で 1 度潰れて、間でフィルタが掛かること
図2:ギターの出力からダイオードの手前までの小信号の利得。メタルゾーン系の破線は 1 段目の出力まで。ngspice の小信号解析。

刻みの切れ目:利得が大きいほど埋まる

図3 は、リフの最初の 1 秒(ブリッジミュートの 16 分音符 8 個)の出力の大きさです。1 つの 16 分音符の中で、いちばん小さいところといちばん大きいところの比を取ると、原音は 0.09、Distortion+ は 0.61、RAT は 0.83、メタルゾーン系は 0.84 でした。値が 1 に近いほど、音と音の間でも出力が下がらず、刻みの切れ目が埋まっています。

埋まり方は、潰す回数より利得の大きさで決まっています。利得の小さい Distortion+(最大 46dB)は切れ目が残り、利得がほぼ同じ RAT とメタルゾーン系(約 65dB)は同じくらい埋まります。ミュートした弦の残りの振動や、次の音までのわずかな余韻まで、大きな音と同じ大きさに持ち上げられるためです。ハイゲインで刻みを締めるには回路だけでは足りず、弾き手のミュートと、音の切れ目で信号を止めるノイズゲートが使われます。

ブリッジミュートの刻みの包絡線リフの最初の 1 秒の出力の大きさの変化を、原音、Distortion+、RAT、メタルゾーン系の順に 4 段で並べた図。 16 分音符の刻み 8 個ぶんの出力の大きさ(5ms ごとの RMS) 行ごとに高さをそろえた(音量は RMS で −20dBFS)、シングルコイル 原音 Distortion+ RAT メタルゾーン系 16 分音符 1 つの中の最小 ÷ 最大:原音 0.09、Distortion+ 0.61、RAT 0.83、メタルゾーン系 0.84 利得が大きいほど、音と音の間の小さな余韻まで持ち上がり、刻みの切れ目が埋まる
図3:リフの最初の 1 秒(ブリッジミュートの 16 分音符 8 個)の出力の包絡線(5ms ごとの RMS)。シングルコイル、音量はそろえたあと。

イコライザ:歪ませた後で中域を削る

MT-2 のイコライザは、Low と High が ±15dB、Mid も ±15dB で、Mid の中心周波数を約 200Hz から 5kHz まで動かせます。Low は 105Hz 付近のジャイレータ、Mid はウィーンブリッジの帯域フィルタです。歪ませた後にあるので、ここで削っても足しても歪み方は変わらず、音色だけが変わります。

低音と高音を上げて中域を下げる、いわゆる「ドンシャリ」は、ハイゲインの定番の設定です。試聴では Low +8dB(105Hz)、Mid −12dB(600Hz)、High +6dB(3kHz より上)にしました(図4)。単体で聴くと迫力が出ますが、ギターの音の芯は中域にあるので、バンドの中では埋もれやすくなります。

  • メタルゾーン系 ドンシャリ(リフ)Low +8dB、Mid −12dB(600Hz)、High +6dB
  • メタルゾーン系 ドンシャリ(フレーズ)同じ設定
ピックアップ
試聴に使ったイコライザの設定メタルゾーン系のイコライザを、低音と高音を上げて中域を下げる設定(ドンシャリ)にしたときの周波数特性。105Hz で +8dB、600Hz で −12dB、3kHz より上で +6dB。 ドンシャリ:低音と高音を上げ、中域を下げる 歪ませた後に掛けるので、歪み方は変わらず音色だけが変わる 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k +12dB +6dB 0dB -6dB -12dB 周波数 [Hz] Low +8dB 105Hz を中心に Mid −12dB 600Hz を中心に(200Hz〜5kHz で可変) High +6dB 3kHz より上 破線は EQ フラット。実機の Low・Mid・High は ±15dB まで動く
図4:試聴に使ったイコライザの設定(ドンシャリ)。Low・Mid はピーキング、High はシェルフで近似した。

まとめて聴き比べる

同じリフを 5 通りの回路と設定に通した音です。ピックアップの切り替えも試してください。ハムバッカーは出力が大きく、どの回路でも歪みが増えます。

  • 原音
  • Distortion+
  • RAT
  • メタルゾーン系 EQ フラット
  • メタルゾーン系 ドンシャリ
ピックアップ

シミュレーションで省いたこと

  • メタルゾーン系は、構成と解析に数字のある定数を使い、残りは解析の数字に合うように決めた簡略版です。トランジスタのジャイレータは直列の RLC に置き換え、クリップのあとにある 2 つの固定のジャイレータ(4.9kHz と 105Hz)は入れていません。
  • イコライザは線形なので、ngspice の後に同じ形の数値フィルタ(ピーキングとシェルフ)で掛けました。実機の Low・Mid・High の曲線とは形が少し違います。
  • OP アンプは GBW・スルーレート・出力の振れ幅だけのモデルです(741 は 1MHz・0.5V/µs)。雑音は入れていません。実機では 60dB を超える利得で、ピックアップのハムや OP アンプの雑音も同じだけ大きくなるので、ハイゲインではノイズゲートを併用することが多くなります。
  • ギターアンプとスピーカは入れていません。プレーヤーの下のチェックで、スピーカに近い帯域制限を掛けて聴けます。

よくある質問

古いディストーションのゲインを上げれば、現代的な音になりますか。
なりません。この記事のシミュレーションでは、ダイオードの手前までの利得は RAT の最大とメタルゾーン系でほぼ同じ(約 65dB)です。違いは、潰す回数と、その間と後ろのフィルタにあります。
メタルゾーンの音が人によって評価が分かれるのはなぜですか。
イコライザの効きが大きく(±15dB)、設定で音が大きく変わるからです。中域を大きく削った設定は単体では迫力がありますが、バンドの中では埋もれやすくなります。
ハイゲインのペダルでノイズが増えるのはなぜですか。
信号と一緒に、ピックアップが拾うハムや回路の雑音も同じ倍率で増幅されるからです。65dB は約 1800 倍で、無音のときの雑音も聞こえる大きさになります。

参考にした規格・資料

  • Electric Druid, "Boss MT-2 Metal Zone pedal analysis" — メタルゾーンの各段の定数、ハイパスの遮断周波数、ジャイレータの周波数と Q、イコライザの範囲
  • Wikipedia, "Boss MT-2" — 1991 年の発売、2 段のゲイン回路、歪みの前後の 7 つのフィルタ、イコライザの範囲
  • ElectroSmash, "MXR Distortion+ Analysis" — Distortion+ の構成(741 とゲルマニウムダイオード)、最大 46dB の利得
  • ElectroSmash, "Boss DS-1 Analysis" — DS-1 のトランジスタのブースタ、OP アンプの増幅段、ダイオードとトーン
  • ngspice User's Manual / EEcircuit-engine(ngspice の WebAssembly 版) — 過渡解析と小信号解析に使ったシミュレータ

← コラム一覧へ