古いディストーションと現代のハイゲイン:Distortion+・RAT とメタルゾーン系の回路の違いを ngspice で聴き比べる
1970 年代のディストーションは OP アンプ 1 段で増幅してダイオードで切るだけですが、1991 年の Boss MT-2 Metal Zone は 2 段で潰し、段の間と後ろにフィルタを重ねます。ダイオードの手前までの利得は RAT とほぼ同じで、違いは利得の大きさより、どこで潰してその間に何を挟むかにあります。
「古い」と「現代」の分け方
ここでいう古いディストーションは、1970 年代に出た MXR Distortion+、ProCo RAT(1978 年)、Boss DS-1(1978 年)のような回路です。OP アンプ(DS-1 はトランジスタのブースタも)で 1 回増幅し、ダイオードを GND へつないで切り、簡単なトーンで高域を調整します。
現代のハイゲインの代表として、1991 年の Boss MT-2 Metal Zone を取り上げます。Boss はこの回路を 2 段のゲイン回路と、歪みの前後にある 7 つのフィルタで説明しています。後ろには 3 バンドのアクティブなイコライザがあり、中域の周波数も動かせます。
| 古い型(Distortion+、RAT) | 現代型(メタルゾーン系) | |
|---|---|---|
| 増幅段 | 1 段 | 2 段(それぞれに利得の山) |
| 潰すところ | ダイオード 1 か所 | 1 段目の OP アンプの振幅の上限と、2 段目のあとのダイオード |
| 段の間 | なし | ハイパス・ローパスで帯域を絞る |
| 歪みの後 | ローパス 1 つ(Tone、Filter) | 固定のフィルタと、Low・Mid・High のイコライザ |
試聴の条件:ブリッジミュートの刻みを足した
ギターの合成、ピックアップ(シングルコイルとハムバッカー)、ngspice での解き方、音量のそろえ方は、オーバードライブ・ディストーション・ファズの回路と同じです。
今回はフレーズを 1 本足しました。6 弦と 5 弦のブリッジミュートを 16 分音符(120BPM)で刻み、G5・A#5・A5 のアクセントを挟んで、最後に E5 を伸ばす 7.4 秒のリフです。低い弦を速く刻むと、歪ませる前の低音の扱いの違いがいちばんはっきり出ます。
- 原音(リフ)ピックアップ → ケーブル → アンプ入力(1MΩ)
古い型:1 段で増幅して、ダイオードで切る
MXR Distortion+ は、741 の非反転増幅 1 段とゲルマニウムダイオード 2 本だけの回路です。反転入力から GND へ 4.7kΩ + 47nF、帰還に Distortion(1MΩ)で、利得は最大 1 + 1M ÷ 4.7k = 214 倍(46.6dB)です。47nF があるので、720Hz より下では利得が下がります。出力は 1µF と 10kΩ を通してゲルマニウムダイオードで GND へ切られ、1nF で高域を少し落とします。
RAT も同じ形で、LM308 の利得が大きく(Distortion 最大で 67dB、実際は GBW で頭打ち)、ダイオードはシリコンです(前の記事の図4)。DS-1 は OP アンプの前にトランジスタのブースタを置き、低域を削ってから増幅します。どれも、潰すのは 1 回だけです。
1 回で潰す回路では、増幅した帯域の倍音と、和音の混変調がそのまま出力に出ます。Distortion+ はゲルマニウムの 0.3V で切るので、出力も小さくなります。
- Distortion+(リフ)Distortion 最大(214 倍)
- RAT(リフ)Distortion 最大、Filter 2.9kHz
- Distortion+(フレーズ)Distortion 最大
- RAT(フレーズ)Distortion 最大
現代型:2 段で潰し、間にフィルタを挟む
メタルゾーン系の回路は、Electric Druid の回路解析をもとに組みました。入力は 15nF + 100kΩ のハイパス(106Hz)で、1 段目の OP アンプは帰還が 220kΩ ∥ 100pF、GND 側にトランジスタのジャイレータで作った 1kHz 付近の共振があります。シミュレーションではジャイレータを直列の RLC に置き換え、解析の数字(利得の山 36dB)に合わせました。
1 段目のあとは 10kΩ / 10kΩ の分圧とコンデンサで高域を落とし、33nF + 100kΩ のハイパス(48Hz)を通して 2 段目へ入ります。2 段目は 1 + (1k + Distortion) ÷ 1k で、Distortion(250kΩ)を回すと ×2 から ×252 まで変わります。そのあと 2.2kΩ を通してシリコンダイオードで GND へ切り、最大 −10dB の高域のシェルフで仕上げます。
1 段目だけで 1kHz 付近の利得は 36dB あり、0.3V の入力でも OP アンプの振幅の上限(±3.2V)に当たります。つまり 1 回目の潰しは 1 段目で起き、そこで出た倍音の上のほうを段間のローパスが削ってから、2 段目でもう一度潰します。低い弦の基音(82Hz)は 1 段目では約 1V で、まだ潰れません。1 段目で先に潰れるのは中域から上で、低音は 2 段目まで原形のまま運ばれます。
ダイオードの手前までの小信号の利得は、試聴の設定(Distortion 100kΩ)で最大 65dB です。RAT の Distortion 最大(64dB)とほぼ同じで、現代型は利得そのものが大きいわけではありません(図2)。
- メタルゾーン系(リフ)Distortion 100kΩ(2 段目 ×102)、EQ フラット
- メタルゾーン系(フレーズ)Distortion 100kΩ、EQ フラット
刻みの切れ目:利得が大きいほど埋まる
図3 は、リフの最初の 1 秒(ブリッジミュートの 16 分音符 8 個)の出力の大きさです。1 つの 16 分音符の中で、いちばん小さいところといちばん大きいところの比を取ると、原音は 0.09、Distortion+ は 0.61、RAT は 0.83、メタルゾーン系は 0.84 でした。値が 1 に近いほど、音と音の間でも出力が下がらず、刻みの切れ目が埋まっています。
埋まり方は、潰す回数より利得の大きさで決まっています。利得の小さい Distortion+(最大 46dB)は切れ目が残り、利得がほぼ同じ RAT とメタルゾーン系(約 65dB)は同じくらい埋まります。ミュートした弦の残りの振動や、次の音までのわずかな余韻まで、大きな音と同じ大きさに持ち上げられるためです。ハイゲインで刻みを締めるには回路だけでは足りず、弾き手のミュートと、音の切れ目で信号を止めるノイズゲートが使われます。
イコライザ:歪ませた後で中域を削る
MT-2 のイコライザは、Low と High が ±15dB、Mid も ±15dB で、Mid の中心周波数を約 200Hz から 5kHz まで動かせます。Low は 105Hz 付近のジャイレータ、Mid はウィーンブリッジの帯域フィルタです。歪ませた後にあるので、ここで削っても足しても歪み方は変わらず、音色だけが変わります。
低音と高音を上げて中域を下げる、いわゆる「ドンシャリ」は、ハイゲインの定番の設定です。試聴では Low +8dB(105Hz)、Mid −12dB(600Hz)、High +6dB(3kHz より上)にしました(図4)。単体で聴くと迫力が出ますが、ギターの音の芯は中域にあるので、バンドの中では埋もれやすくなります。
- メタルゾーン系 ドンシャリ(リフ)Low +8dB、Mid −12dB(600Hz)、High +6dB
- メタルゾーン系 ドンシャリ(フレーズ)同じ設定
まとめて聴き比べる
同じリフを 5 通りの回路と設定に通した音です。ピックアップの切り替えも試してください。ハムバッカーは出力が大きく、どの回路でも歪みが増えます。
- 原音
- Distortion+
- RAT
- メタルゾーン系 EQ フラット
- メタルゾーン系 ドンシャリ
シミュレーションで省いたこと
- メタルゾーン系は、構成と解析に数字のある定数を使い、残りは解析の数字に合うように決めた簡略版です。トランジスタのジャイレータは直列の RLC に置き換え、クリップのあとにある 2 つの固定のジャイレータ(4.9kHz と 105Hz)は入れていません。
- イコライザは線形なので、ngspice の後に同じ形の数値フィルタ(ピーキングとシェルフ)で掛けました。実機の Low・Mid・High の曲線とは形が少し違います。
- OP アンプは GBW・スルーレート・出力の振れ幅だけのモデルです(741 は 1MHz・0.5V/µs)。雑音は入れていません。実機では 60dB を超える利得で、ピックアップのハムや OP アンプの雑音も同じだけ大きくなるので、ハイゲインではノイズゲートを併用することが多くなります。
- ギターアンプとスピーカは入れていません。プレーヤーの下のチェックで、スピーカに近い帯域制限を掛けて聴けます。
よくある質問
古いディストーションのゲインを上げれば、現代的な音になりますか。
メタルゾーンの音が人によって評価が分かれるのはなぜですか。
ハイゲインのペダルでノイズが増えるのはなぜですか。
参考にした規格・資料
- Electric Druid, "Boss MT-2 Metal Zone pedal analysis" — メタルゾーンの各段の定数、ハイパスの遮断周波数、ジャイレータの周波数と Q、イコライザの範囲
- Wikipedia, "Boss MT-2" — 1991 年の発売、2 段のゲイン回路、歪みの前後の 7 つのフィルタ、イコライザの範囲
- ElectroSmash, "MXR Distortion+ Analysis" — Distortion+ の構成(741 とゲルマニウムダイオード)、最大 46dB の利得
- ElectroSmash, "Boss DS-1 Analysis" — DS-1 のトランジスタのブースタ、OP アンプの増幅段、ダイオードとトーン
- ngspice User's Manual / EEcircuit-engine(ngspice の WebAssembly 版) — 過渡解析と小信号解析に使ったシミュレータ