ギターからスピーカーまで:バッファ、ブースター、オーバードライブ、アンプ、センド/リターンを通る信号の電圧・電流・インピーダンス

ギターの出力は 0.4V・1µA 足らずの弱い信号で、スピーカーでは 15V・2A になります。途中の機器が何を受け取って何を渡しているかを、経路をつないだまま ngspice で解き、各点の波形・電圧・電流・インピーダンスで追います。

最終更新: 2026-10-18 シグナルチェーンインピーダンスバッファ真空管アンプスピーカー

経路と、ここで解いた回路

ギター → バッファ → ブースター → オーバードライブ → アンプ(プリアンプ → センド/リターン → パワーアンプ)→ スピーカーという、よくある経路をそのまま ngspice の回路にしました。ギターはシングルコイル(L = 2.5H、R = 6.5kΩ)、ギターからペダルまでのケーブルは 3m(300pF)、ペダルからアンプまでは 6m(600pF)です。

バッファは OP アンプのボルテージフォロワ(入力 1MΩ、出力 100Ω)、ブースターは利得 4 倍(+12dB)、オーバードライブは前の記事の TS808(Drive 50kΩ、Tone 中央)です。アンプは入力 1MΩ、12AX7 の 2 段のプリアンプ、センド(1:10 に下げて出力 1kΩ)、リターン(入力 100kΩ)、パワーアンプ(出力インピーダンス 2Ω)、12 インチのギター用スピーカーの等価回路です。

各機器の出口には 0V の電源を直列に入れて、そこを流れる電流を測りました。入力は E5 の和音を 1 回弾いた音です。

各接続点の電圧と電流(E5 の和音のピーク)
接続点出す側のインピーダンス → 受ける側電圧電流
ギター → バッファ6.5k〜235kΩ(周波数で変わる)→ 1MΩ0.43V0.77µA
バッファ → ブースター100Ω → 1MΩ0.43V0.44µA
ブースター → TS808100Ω → 510kΩ1.75V3.4µA
TS808 → アンプ100Ω → 1MΩ(ケーブル 6m を含む)1.65V5.0µA
プリアンプ 1 段目のプレート(直流 201V に乗る)106V−
センド → リターン1kΩ → 100kΩ1.36V27µA
パワーアンプ → スピーカー2Ω → 6.5〜46Ω(周波数で変わる)15.4V2.2A
ギターからスピーカーまでの経路と、各接続点の電圧・電流・インピーダンス1 行目はギター、バッファ、ブースター、TS808 からアンプへ。2 行目はプリアンプ、センド、パワーアンプ、スピーカー。各矢印に、出す側と受ける側のインピーダンス、和音を弾いたときの電圧と電流のピークを書いている。 ギターからスピーカーまで、各接続点の電圧・電流・インピーダンス E5 の和音を弾いたときのピーク(ngspice)。スピーカーの手前までは電流がマイクロアンペア ギターシングルコイル 6.5k〜235kΩ → 1MΩ 431mV 772nA ケーブル 3m バッファ利得 1 倍 100Ω → 1MΩ 431mV 439nA ブースター+12dB 100Ω → 510kΩ 1.75V 3.44µA TS808Drive 50kΩ 100Ω → 1MΩ 1.65V 4.95µA ケーブル 6m アンプへ プリアンプ12AX7 × 2 2 段目のプレート 79.5V センド1:10、1kΩ 1kΩ → 100kΩ 1.36V 27.2µA ループ パワーアンプ出力 2Ω 2Ω → 6.5〜46Ω 15.4V 2.22A スピーカー公称 8Ω 出す側 → 受ける側のインピーダンス 電圧のピーク 電流のピーク プリアンプ 1 段目のプレートは直流 201V の上で振れる。電流を流して電力を渡すのはパワーアンプとスピーカーの間だけ
図1:経路の全体。矢印の上は出す側と受ける側のインピーダンス、下は和音を弾いたときの電圧と電流のピーク。ngspice の過渡解析。

振幅は段ごとにどれだけ増えるか

図2 は、各点の電圧と電流のピークを対数の目盛りで並べ、段と段の間に倍率を書いたものです。ギターの 0.43V は、バッファで ×1、ブースターで ×4.0 になり、TS808 では潰れるので ×0.94 と少し下がります。アンプの 1 段目のグリッドには同じ 1.64V が入り、プレートでは ×65 の 106V になります。

そのまま次の段に入れると大きすぎるので、Gain のポットで 1/50 に下げ、2 段目でまた ×38 にします。2 段目の倍率が 1 段目より小さいのは、グリッドに 2.1V が入って 2 段目も潰れているからです。センドでは 1/58 のライン・レベルに下げ、パワーアンプで ×11 の 15.4V にします。電圧は「増やしては下げる」を繰り返し、電流が増えるのはパワーアンプだけです。

振幅の階段ギターの出力からスピーカーまで 10 か所の電圧のピークを対数の目盛りの棒で並べ、前の点からの倍率を書いた図。下は電流のピーク。電圧はブースターで 4 倍、プレートで 65 倍と 38 倍、パワーアンプで 11 倍になり、間で 1/50、1/58 に下げている。 振幅の階段:電圧は増やしては下げ、電流はパワーアンプで初めて増える E5 の和音のピーク(ngspice)。上の数字は前の点からの倍率 100mV 1V 10V 100V 1000V 電圧のピーク 100nA 10.0µA 1.00mA 100mA 10.0A 電流のピーク 431mV 772nA ギター 431mV ×1 439nA バッファ 1.75V ×4.0 3.44µA ブースター 1.65V ×0.94 4.95µA TS808 1.64V ×1 − グリッド 1 106V ×65 − プレート 1 2.10V ×1/51 − グリッド 2 79.5V ×38 − プレート 2 1.36V ×1/58 27.2µA センド 15.4V ×11 2.22A スピーカー ギターの 0.77µA・0.43V から、スピーカーの 2.2A・15.4V まで。電流が大きくなるのはパワーアンプとスピーカーの間だけ
図2:各点の電圧(上)と電流(下)のピークを対数の目盛りで並べた。上の数字は前の点からの倍率。茶色は真空管の段。

スピーカーの手前までは「電圧で渡す」

ギターからセンドまでのどの接続点でも、受ける側の入力インピーダンスは、出す側の出力インピーダンスより 100〜10000 倍大きくしてあります。出す側の電圧はほとんど減らずに次へ渡り、流れる電流はマイクロアンペアです。たとえばバッファの出力 100Ω からブースターの入力 1MΩ へは、電圧の損失が 0.0009dB しかありません。

電流をほとんど流さずに電圧の形だけを渡すのが、この接続(ブリッジング)の考え方です。電力を最大に渡すには出す側と受ける側のインピーダンスをそろえますが、楽器の信号ではそうしません。最後のパワーアンプとスピーカーの間だけが、電流を流して電力を渡す接続です。

各点の波形

電圧の形が変わるのは、TS808 とプリアンプの 2 か所です。バッファとブースターは大きさだけを変え(ブースターは 4 倍)、TS808 で山が丸く潰れて高域が落ちます。真空管の段は、プレートの電圧がグリッドと逆向きに動くので 1 段ごとに上下が反転し、グリッド電流で山が少し潰れます。センドとスピーカーの電圧は、2 段目のプレートの波形を縮めたり広げたりした形です。

電流の波形は、電圧と同じ形とは限りません。ギターの出口と TS808 の出口では、電流の多くがケーブルの容量を充放電する電流です。容量に流れる電流は電圧の変化の速さ(dV/dt)に比例するので、高い倍音が強調され、とがった波形になります。TS808 の出口では、ダイオードで潰れた角のところで電流が大きく流れます。スピーカーの電流は、インピーダンスが周波数で変わるぶん、端子電圧とは少し違う形です(図7)。

各点の電圧と電流の波形ギターの出力、バッファ、ブースター、TS808、プリアンプ 1 段目と 2 段目のプレート、センド、スピーカーの 8 か所について、和音を弾いたときの 25ms の電圧波形と、その点を流れる電流の波形を並べた図。 同じ 25ms の、各点の電圧(左)と電流(右) 行ごとに振幅をそろえて表示。左の数値は電圧と電流のピーク 電圧 電流 ギターの出力 431mV / 772nA バッファ 431mV / 439nA ブースター 1.75V / 3.44µA TS808 1.65V / 4.95µA 1 段目のプレート 106V (電流は測っていない) 2 段目のプレート 79.5V (電流は測っていない) センド 1.36V / 27.2µA スピーカー 15.4V / 2.22A 電圧の形が変わるのは TS808 とプリアンプ。バッファとブースターは大きさだけを変える ケーブルの容量を流れる電流は dV/dt に比例するので、ギターと TS808 の出口の電流は高い倍音が強く見える
図3:E5 の和音を弾いて 0.3 秒後の 25ms。左が電圧、右がその点を流れる電流で、どちらも行ごとに振幅をそろえて表示した。数値はピーク。

本当の目盛りで見る:直流のバイアスと振幅

図4 は、図3 と同じ 25ms の波形を、それぞれの点の本当の電圧の目盛りで描いたものです。赤の破線が直流の電圧(バイアス)です。

ペダルの出口、アンプの入力、センド、スピーカーは、どれも 0V を中心に振れています。ペダルの中の OP アンプは 9V の単電源で 4.5V のバイアスの上で動いていますが、出入口にコンデンサがあって直流を切っているので、ジャックでは 0V です(この記事のシミュレーションは、最初から ±4.5V の両電源で解いています)。

真空管の段は違います。カソードは 1.5kΩ に流れるプレート電流で 1.48V に持ち上がり、グリッドはそれより 1.48V 低い、つまり −1.48V のバイアスがかかった状態になります。プレートは B+ 300V から 100kΩ で約 1mA 下がった 201V にいて、その上で 106V のピークで振れます。0.43V だった信号が、201V の直流の上で ±106V 振れているわけです。

各点の電圧(本当の目盛り)ギターの出力、ブースター、TS808、1 段目のグリッド・カソード・プレート、2 段目のグリッド・プレート、センド、スピーカーの電圧を、それぞれの本当の電圧の目盛りで描いた図。真空管のプレートは直流 201V の上で ±106V 振れ、カソードは 1.48V にある。 同じ 25ms を、本当の電圧の目盛りで 赤の破線が直流(バイアス)。ペダルのジャックは 0V 中心、真空管の段は数十〜数百 V の直流の上で振れる ギターの出力 0.43V -0.00V -0.43V ±431mV ブースター 1.7V 0.00V -1.7V ±1.75V TS808 1.7V 0.02V -1.6V ±1.65V 1 段目のグリッド 1.7V 0.02V -1.6V ±1.64V 1 段目のカソード 1.5V 1.5V 1.5V 直流 1.5V ±33.1mV 1 段目のプレート 307V 201V 95V 直流 201V ±106V 2 段目のグリッド 2.1V 0.00V -2.1V ±2.10V 2 段目のプレート 280V 201V 121V 直流 201V ±79.5V センド 1.4V 0.00V -1.4V ±1.36V スピーカー 15V 0.00V -15V ±15.4V カソードの 1.48V が、グリッドに −1.48V のバイアスをかける(グリッドは 0V 中心に振れる) プレートは B+ 300V − 1mA × 100kΩ ≒ 201V にいて、その上で ±106V 振れる
図4:各点の電圧を本当の目盛りで描いた(和音を弾いて 0.3 秒後の 25ms)。赤の破線は直流(バイアス)。茶色は真空管の段。

ギター:内部インピーダンスの大きな電圧源

ピックアップは、弦の起電力の後ろにコイルの L と R がつながった電圧源です。ケーブルの手前から見た出力インピーダンスは 100Hz で 6.5kΩ、1kHz で 16.7kΩ、3kHz で 53kΩ と上がり、コイルの自己容量と共振する 10kHz では 235kΩ になります(ボリュームとトーンのポットを含む)。

アンプやペダルの入力が 500kΩ〜1MΩ と大きいのは、この出力インピーダンスに対して十分大きくしないと、高域ほど電圧が分圧されて減るからです。ギターから流れ出す電流は、和音を強く弾いても 0.77µA のピークにすぎません(ピックアップの等価回路)。

  • ギターの出力ピックアップ → ケーブル 3m の先

ケーブルとバッファ

ケーブルの容量(100pF/m 前後)は、ピックアップの L と並列の共振回路を作ります。ギターから 9m のケーブルで直接アンプにつなぐと、合計 900pF で共振の山は 2.8kHz まで下がり、10kHz は 100Hz より 20dB 小さくなります。

3m 先にバッファを置くと、ギターが見るのは最初の 3m(300pF)だけになり、山は 5kHz に残って 10kHz の落ち込みも −9.5dB で済みます。バッファから先の 6m は、バッファの出力 100Ω が受け持ちます。100Ω と 600pF の遮断周波数は 2.7MHz なので、可聴帯域には影響しません。

バッファの電圧利得は 1 倍で、出力の電圧はギターの出力と同じ 0.43V です。変わるのは出力インピーダンス(数十 kΩ → 100Ω)だけで、それがケーブルの容量に負けない理由です。

ギターの出力インピーダンスと、バッファの有無左はギターの出力インピーダンスを 20Hz から 20kHz まで描いたグラフで、100Hz で 6.5kΩ、10kHz の共振で 235kΩ。右はアンプの入力での周波数特性で、直結(ケーブル 9m)は 2.8kHz に山があり 10kHz で −20dB、バッファありは 5kHz に山があり 10kHz で −9.5dB。 ギターは高域ほど出力インピーダンスが大きい。ケーブルの容量を減らすのがバッファ シングルコイル、ポット全開。アンプの入力は 1MΩ ギターの出力インピーダンス 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k 1kΩ 10kΩ 100kΩ 1MΩ 周波数 [Hz] アンプの入力 1MΩ 10kHz で 235kΩ(自己共振) アンプの入力での周波数特性 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k +12dB 0dB -12dB -24dB 周波数 [Hz] 直結(ケーブル 9m、900pF) 3m → バッファ → 6m 直結は山が 2.8kHz、10kHz で −20dB。バッファありは山が 5kHz、10kHz で −9.5dB
図5:左はギターの出力インピーダンス(ポットを含む)。右はアンプの入力での周波数特性(100Hz で 0dB)。直結はケーブル 9m、バッファありは 3m → バッファ → 6m。

ブースターとオーバードライブ

ブースターは利得 4 倍の非反転増幅で、0.43V を 1.75V にします。波形の形は変えません。出力は 100Ω なので、次の TS808 の入力 510kΩ に流れる電流は 3.4µA です。

TS808 は、受け取った 1.75V を帰還のダイオードで丸く潰し、トーン段で高域を落として 1.65V で出します。ブースターで先に大きくしたので、TS808 は Drive 50kΩ でもよく潰れています。TS808 の出口からアンプまでの電流は 5.0µA で、その一部はケーブル 6m の容量を充放電する電流です。

実機の TS808 は出力にボリュームのポット(100kΩ)があり、中央付近で出力インピーダンスが最大 25kΩ になります。ここではボリューム全開(約 100Ω)で解きました。ボリュームを絞ったペダルの後に長いケーブルをつなぐと、高域が落ちることがあります。

  • TS808 の出力ブースター → TS808 の後

アンプの入力と真空管のプリアンプ

アンプの入力は 1MΩ(グリッドリーク抵抗)で、68kΩ のグリッドストッパーを通って 12AX7 のグリッドに入ります。12AX7 は B+ 300V から 100kΩ を通してプレートに電流を流し、カソードの 1.5kΩ で約 1.5V の自己バイアスを作ります。静かなときのプレートは 201V、プレート電流は約 1mA です。

1 段目のプレートは、直流 201V の上で 106V のピークで振れます。入力の 1.65V はバイアスの 1.5V を超えるので、山ではグリッドに電流が流れ、波形が少し潰れます(ブースターと TS808 でアンプを「押している」状態)。Gain のポットで 1/50 に下げてから 2 段目でもう一度増幅し、2 段目のプレートは 79V のピークです。

ペダルの中は数 V・数 µA、真空管の中は数十〜数百 V・1mA 前後です。真空管の回路は電圧を大きく振って増幅するので、次の段へ渡す前に大きく下げる必要があります。

潰れていく様子:TS808 と 12AX7

TS808 と、アンプの 12AX7 の 1 段に、同じ 196Hz の正弦波を大きさを変えて入れ、出力の 1 周期を重ねたのが図6 です。

TS808 は、入力を 0.05V から 2V に 40 倍にしても、出力は 0.25V から 2.3V の 9 倍にしかなりません。倍率は 5.0 倍、2.9 倍、1.8 倍、1.3 倍、1.2 倍と下がっていき、波形の山が丸く平らになっていきます。帰還のダイオードが少しずつ導通するので、潰れ方がなめらかです。

12AX7 は、入力 0.1V ではプレートが 197〜209V の小さな正弦波(約 59 倍)ですが、入力 4V では 75〜290V まで振れます。上は B+ の 300V に近づくところ(プレート電流がほぼ止まる、カットオフ)で、下は約 75V で頭打ちになります(グリッド電流が流れ、プレート電流が増えきれない)。バイアスの約 203V から上へは +87V、下へは −128V で、上下の潰れ方が違うので偶数次の倍音が出ます。大きな入力ではカソードの電圧も 1.45V から 1.60V に上がり、動作点そのものが動きます。

潰れていく様子左は TS808、右は 12AX7 の 1 段のプレートに、196Hz の正弦波を 5 段階の大きさで入れたときの出力の 1 周期を重ねた図。TS808 は出力が 0.25V から 2.3V にしか増えず、山が丸くなる。12AX7 は上が B+ 300V 近くで、下が約 75V で頭打ちになり、上下で潰れ方が違う。 入力を大きくしていくと、山が潰れていく 196Hz の正弦波。色が濃いほど大きな入力 TS808 の出力 -2V -1V 0V 1V 2V 入力 0.05V 入力 0.15V 入力 0.4V 入力 1V 入力 2V 12AX7 の 1 段のプレート(直流を含む) 50V 100V 150V 200V 250V 300V B+ 300V バイアス 203V 入力 0.1V 入力 0.5V 入力 1V 入力 2V 入力 4V TS808: 入力 0.05V → 0.25V(5.0 倍)、2V → 2.3V(1.2 倍)。ダイオードが少しずつ導通して丸く潰れる 12AX7: 上は B+ に近づいて(カットオフ)、下は約 75V で(グリッド電流)頭打ち。上 +87V、下 −128V で非対称
図6:196Hz の正弦波の大きさを変えて入れたときの出力の 1 周期(色が濃いほど大きな入力)。左は TS808(Drive 50kΩ)、右は 12AX7 の 1 段のプレートの電圧(直流を含む)。

センドとリターン

センド・リターン(エフェクトループ)は、プリアンプの出口とパワーアンプの入口の間に外の機器を挟むための端子です。プリアンプのトーン回路のあとの信号を 1:10 に下げ、出力 1kΩ のバッファで出しています。センドの電圧は 1.36V のピーク(約 1V rms)で、ラインレベルの機器(ディレイ、リバーブ)が受けられる大きさです。

センドからリターン(入力 100kΩ)へ流れる電流は 27µA です。ここにディレイやリバーブを入れると、歪ませた後の音に響きを足すことになり、プリアンプより前(ギターとアンプの間)に入れたときより残響が濁りません。

  • センドプリアンプ(12AX7 × 2 段)の後

パワーアンプとスピーカー:ここで初めて電流を流す

パワーアンプは、リターンの約 1V を 15V 前後に上げ、スピーカーに電流を流します。和音のピークで端子電圧は 15.4V、電流は 2.2A です。ここで初めて、出す側(パワーアンプの出力 2Ω)と受ける側(スピーカー)のインピーダンスが同じ桁になります。

公称 8Ω のスピーカーでも、インピーダンスは周波数で大きく変わります。この等価回路では、コーンの機械的な共振の 100Hz で 46Ω、448Hz で最小の 6.5Ω、ボイスコイルのインダクタンスで 5kHz では 23Ω です。リターン 1V あたりで見ると、端子電圧は 11.5〜14.6V とあまり変わらないのに、電流は 100Hz で 0.31A、448Hz で 1.76A と 6 倍変わります(図7)。

パワーアンプの出力インピーダンスが小さいほど、スピーカーのインピーダンスの山谷に関係なく電圧が一定になります。真空管アンプは出力インピーダンスが大きめのものが多く、共振の山で電圧が持ち上がって低音が出やすくなります。

  • スピーカー端子の電圧音そのものではなく、スピーカーにかかる電圧
スピーカーのインピーダンスと、電圧・電流左はスピーカーのインピーダンスで、100Hz の共振で 46Ω、448Hz で最小の 6.5Ω、5kHz で 23Ω。右はリターン 1V あたりのスピーカーの端子電圧と電流で、電圧は 11.5〜14.6V とあまり変わらず、電流は 0.31〜1.76A と大きく変わる。 電圧はほぼ一定、電流はインピーダンスの逆に変わる パワーアンプの出力インピーダンス 2Ω。リターン 1V あたり スピーカーのインピーダンス 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k 0Ω 25Ω 50Ω 75Ω 100Ω 周波数 [Hz] 公称 8Ω 共振 100Hz、46Ω 端子電圧と電流 20 50 100 200 500 1k 2k 5k 10k 20k 0V 5V 10V 15V 20V 周波数 [Hz] 0A 0.5A 1A 1.5A 2A 端子電圧(左の目盛り) 電流(右の目盛り) 448Hz で 6.5Ω・1.76A、100Hz で 46Ω・0.31A。電圧の変化は 11.5〜14.6V
図7:左はスピーカー(12 インチのギター用を想定した等価回路)のインピーダンス。右はリターン 1V あたりの端子電圧と電流。パワーアンプの出力インピーダンスは 2Ω。

電力で見ると 1 億倍

電圧と電流のピークの積で比べると、ギターの出力は 0.43V × 0.77µA ≒ 0.33µW、スピーカーは 15.4V × 2.2A ≒ 34W で、約 1 億倍(80dB)です。このうちペダルとプリアンプは主に電圧を大きくし、電流を大きくするのはパワーアンプだけです。

電圧の大きさで見ると、0.43V(ギター)→ 1.75V(ブースター)→ 106V(プリアンプ)→ 1.36V(センド)→ 15.4V(スピーカー)と上下します。どの機器も、次の機器が受けられる大きさに合わせて渡しています。

シミュレーションで省いたこと

  • 12AX7 は Koren のモデル(広く使われているパラメータ)で、グリッド電流はダイオードで近似しました。B+ は理想電源で、大きな音で電源電圧が下がる効果(サグ)は入れていません。
  • トーンスタックは、固定の分圧(高域を少し残すコンデンサ付き)に置き換えました。
  • パワーアンプは、電圧利得・出力の頭打ち・出力インピーダンス 2Ω だけの振る舞いモデルです。出力トランスと出力管の非線形は入れていません。
  • スピーカーは、直流抵抗 6.4Ω、ボイスコイルのインダクタンス 0.7mH、100Hz の機械的共振(山 46Ω)の電気的な等価回路です。特定の製品の値ではありません。
  • バッファ・ブースター・TS808 は OP アンプのモデル(GBW・スルーレート・出力の振れ幅)で、雑音は入れていません。

よくある質問

バッファはどこに置けばよいですか。
ギターに近い、ケーブルの最初のほうです。ギターが見るケーブルの容量を短くするほど高域が残ります。バッファより後のケーブルは、バッファの低い出力インピーダンスが受け持ちます。
アンプの入力が 1MΩ もあるのはなぜですか。
ギターの出力インピーダンスが高域で数十〜数百 kΩ になるからです。入力がそれより十分大きくないと、高域ほど電圧が分圧されて減ります。
センド・リターンに歪みのペダルをつないでもよいですか。
つなげますが、センドはラインレベル(この記事では約 1V rms)で出力インピーダンスも低く、ギターの出力とは条件が違います。歪みのペダルはギターの出力を前提に作られているので、ふつうはギターとアンプの間に置きます。
8Ω のスピーカーに 4Ω の出力をつなぐとどうなりますか。
この記事の範囲では扱っていませんが、真空管アンプは出力トランスで負荷に合わせているので、指定と違う負荷では出力管の動作点がずれます。アンプの指定に合わせてください。

参考にした規格・資料

  • Norman Koren, "Improved vacuum tube models for SPICE simulations", Glass Audio, 1996 — 12AX7 のモデル式とパラメータ
  • Merlin Blencowe, Designing Tube Preamps for Guitar and Bass — グリッドストッパー、自己バイアス、カップリング、エフェクトループの設計
  • Helmuth Lemme, "The Secrets of Electric Guitar Pickups" — ピックアップの等価回路と、ケーブル容量による共振周波数の変化
  • R. H. Small, "Direct-Radiator Loudspeaker System Analysis", JAES, 1972 — スピーカーの電気的な等価回路(Thiele/Small)
  • ngspice User's Manual / EEcircuit-engine(ngspice の WebAssembly 版) — 過渡解析と小信号解析に使ったシミュレータ

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