ギターからスピーカーまで:バッファ、ブースター、オーバードライブ、アンプ、センド/リターンを通る信号の電圧・電流・インピーダンス
ギターの出力は 0.4V・1µA 足らずの弱い信号で、スピーカーでは 15V・2A になります。途中の機器が何を受け取って何を渡しているかを、経路をつないだまま ngspice で解き、各点の波形・電圧・電流・インピーダンスで追います。
経路と、ここで解いた回路
ギター → バッファ → ブースター → オーバードライブ → アンプ(プリアンプ → センド/リターン → パワーアンプ)→ スピーカーという、よくある経路をそのまま ngspice の回路にしました。ギターはシングルコイル(L = 2.5H、R = 6.5kΩ)、ギターからペダルまでのケーブルは 3m(300pF)、ペダルからアンプまでは 6m(600pF)です。
バッファは OP アンプのボルテージフォロワ(入力 1MΩ、出力 100Ω)、ブースターは利得 4 倍(+12dB)、オーバードライブは前の記事の TS808(Drive 50kΩ、Tone 中央)です。アンプは入力 1MΩ、12AX7 の 2 段のプリアンプ、センド(1:10 に下げて出力 1kΩ)、リターン(入力 100kΩ)、パワーアンプ(出力インピーダンス 2Ω)、12 インチのギター用スピーカーの等価回路です。
各機器の出口には 0V の電源を直列に入れて、そこを流れる電流を測りました。入力は E5 の和音を 1 回弾いた音です。
| 接続点 | 出す側のインピーダンス → 受ける側 | 電圧 | 電流 |
|---|---|---|---|
| ギター → バッファ | 6.5k〜235kΩ(周波数で変わる)→ 1MΩ | 0.43V | 0.77µA |
| バッファ → ブースター | 100Ω → 1MΩ | 0.43V | 0.44µA |
| ブースター → TS808 | 100Ω → 510kΩ | 1.75V | 3.4µA |
| TS808 → アンプ | 100Ω → 1MΩ(ケーブル 6m を含む) | 1.65V | 5.0µA |
| プリアンプ 1 段目のプレート | (直流 201V に乗る) | 106V | − |
| センド → リターン | 1kΩ → 100kΩ | 1.36V | 27µA |
| パワーアンプ → スピーカー | 2Ω → 6.5〜46Ω(周波数で変わる) | 15.4V | 2.2A |
振幅は段ごとにどれだけ増えるか
図2 は、各点の電圧と電流のピークを対数の目盛りで並べ、段と段の間に倍率を書いたものです。ギターの 0.43V は、バッファで ×1、ブースターで ×4.0 になり、TS808 では潰れるので ×0.94 と少し下がります。アンプの 1 段目のグリッドには同じ 1.64V が入り、プレートでは ×65 の 106V になります。
そのまま次の段に入れると大きすぎるので、Gain のポットで 1/50 に下げ、2 段目でまた ×38 にします。2 段目の倍率が 1 段目より小さいのは、グリッドに 2.1V が入って 2 段目も潰れているからです。センドでは 1/58 のライン・レベルに下げ、パワーアンプで ×11 の 15.4V にします。電圧は「増やしては下げる」を繰り返し、電流が増えるのはパワーアンプだけです。
スピーカーの手前までは「電圧で渡す」
ギターからセンドまでのどの接続点でも、受ける側の入力インピーダンスは、出す側の出力インピーダンスより 100〜10000 倍大きくしてあります。出す側の電圧はほとんど減らずに次へ渡り、流れる電流はマイクロアンペアです。たとえばバッファの出力 100Ω からブースターの入力 1MΩ へは、電圧の損失が 0.0009dB しかありません。
電流をほとんど流さずに電圧の形だけを渡すのが、この接続(ブリッジング)の考え方です。電力を最大に渡すには出す側と受ける側のインピーダンスをそろえますが、楽器の信号ではそうしません。最後のパワーアンプとスピーカーの間だけが、電流を流して電力を渡す接続です。
各点の波形
電圧の形が変わるのは、TS808 とプリアンプの 2 か所です。バッファとブースターは大きさだけを変え(ブースターは 4 倍)、TS808 で山が丸く潰れて高域が落ちます。真空管の段は、プレートの電圧がグリッドと逆向きに動くので 1 段ごとに上下が反転し、グリッド電流で山が少し潰れます。センドとスピーカーの電圧は、2 段目のプレートの波形を縮めたり広げたりした形です。
電流の波形は、電圧と同じ形とは限りません。ギターの出口と TS808 の出口では、電流の多くがケーブルの容量を充放電する電流です。容量に流れる電流は電圧の変化の速さ(dV/dt)に比例するので、高い倍音が強調され、とがった波形になります。TS808 の出口では、ダイオードで潰れた角のところで電流が大きく流れます。スピーカーの電流は、インピーダンスが周波数で変わるぶん、端子電圧とは少し違う形です(図7)。
本当の目盛りで見る:直流のバイアスと振幅
図4 は、図3 と同じ 25ms の波形を、それぞれの点の本当の電圧の目盛りで描いたものです。赤の破線が直流の電圧(バイアス)です。
ペダルの出口、アンプの入力、センド、スピーカーは、どれも 0V を中心に振れています。ペダルの中の OP アンプは 9V の単電源で 4.5V のバイアスの上で動いていますが、出入口にコンデンサがあって直流を切っているので、ジャックでは 0V です(この記事のシミュレーションは、最初から ±4.5V の両電源で解いています)。
真空管の段は違います。カソードは 1.5kΩ に流れるプレート電流で 1.48V に持ち上がり、グリッドはそれより 1.48V 低い、つまり −1.48V のバイアスがかかった状態になります。プレートは B+ 300V から 100kΩ で約 1mA 下がった 201V にいて、その上で 106V のピークで振れます。0.43V だった信号が、201V の直流の上で ±106V 振れているわけです。
ギター:内部インピーダンスの大きな電圧源
ピックアップは、弦の起電力の後ろにコイルの L と R がつながった電圧源です。ケーブルの手前から見た出力インピーダンスは 100Hz で 6.5kΩ、1kHz で 16.7kΩ、3kHz で 53kΩ と上がり、コイルの自己容量と共振する 10kHz では 235kΩ になります(ボリュームとトーンのポットを含む)。
アンプやペダルの入力が 500kΩ〜1MΩ と大きいのは、この出力インピーダンスに対して十分大きくしないと、高域ほど電圧が分圧されて減るからです。ギターから流れ出す電流は、和音を強く弾いても 0.77µA のピークにすぎません(ピックアップの等価回路)。
- ギターの出力ピックアップ → ケーブル 3m の先
ケーブルとバッファ
ケーブルの容量(100pF/m 前後)は、ピックアップの L と並列の共振回路を作ります。ギターから 9m のケーブルで直接アンプにつなぐと、合計 900pF で共振の山は 2.8kHz まで下がり、10kHz は 100Hz より 20dB 小さくなります。
3m 先にバッファを置くと、ギターが見るのは最初の 3m(300pF)だけになり、山は 5kHz に残って 10kHz の落ち込みも −9.5dB で済みます。バッファから先の 6m は、バッファの出力 100Ω が受け持ちます。100Ω と 600pF の遮断周波数は 2.7MHz なので、可聴帯域には影響しません。
バッファの電圧利得は 1 倍で、出力の電圧はギターの出力と同じ 0.43V です。変わるのは出力インピーダンス(数十 kΩ → 100Ω)だけで、それがケーブルの容量に負けない理由です。
ブースターとオーバードライブ
ブースターは利得 4 倍の非反転増幅で、0.43V を 1.75V にします。波形の形は変えません。出力は 100Ω なので、次の TS808 の入力 510kΩ に流れる電流は 3.4µA です。
TS808 は、受け取った 1.75V を帰還のダイオードで丸く潰し、トーン段で高域を落として 1.65V で出します。ブースターで先に大きくしたので、TS808 は Drive 50kΩ でもよく潰れています。TS808 の出口からアンプまでの電流は 5.0µA で、その一部はケーブル 6m の容量を充放電する電流です。
実機の TS808 は出力にボリュームのポット(100kΩ)があり、中央付近で出力インピーダンスが最大 25kΩ になります。ここではボリューム全開(約 100Ω)で解きました。ボリュームを絞ったペダルの後に長いケーブルをつなぐと、高域が落ちることがあります。
- TS808 の出力ブースター → TS808 の後
アンプの入力と真空管のプリアンプ
アンプの入力は 1MΩ(グリッドリーク抵抗)で、68kΩ のグリッドストッパーを通って 12AX7 のグリッドに入ります。12AX7 は B+ 300V から 100kΩ を通してプレートに電流を流し、カソードの 1.5kΩ で約 1.5V の自己バイアスを作ります。静かなときのプレートは 201V、プレート電流は約 1mA です。
1 段目のプレートは、直流 201V の上で 106V のピークで振れます。入力の 1.65V はバイアスの 1.5V を超えるので、山ではグリッドに電流が流れ、波形が少し潰れます(ブースターと TS808 でアンプを「押している」状態)。Gain のポットで 1/50 に下げてから 2 段目でもう一度増幅し、2 段目のプレートは 79V のピークです。
ペダルの中は数 V・数 µA、真空管の中は数十〜数百 V・1mA 前後です。真空管の回路は電圧を大きく振って増幅するので、次の段へ渡す前に大きく下げる必要があります。
潰れていく様子:TS808 と 12AX7
TS808 と、アンプの 12AX7 の 1 段に、同じ 196Hz の正弦波を大きさを変えて入れ、出力の 1 周期を重ねたのが図6 です。
TS808 は、入力を 0.05V から 2V に 40 倍にしても、出力は 0.25V から 2.3V の 9 倍にしかなりません。倍率は 5.0 倍、2.9 倍、1.8 倍、1.3 倍、1.2 倍と下がっていき、波形の山が丸く平らになっていきます。帰還のダイオードが少しずつ導通するので、潰れ方がなめらかです。
12AX7 は、入力 0.1V ではプレートが 197〜209V の小さな正弦波(約 59 倍)ですが、入力 4V では 75〜290V まで振れます。上は B+ の 300V に近づくところ(プレート電流がほぼ止まる、カットオフ)で、下は約 75V で頭打ちになります(グリッド電流が流れ、プレート電流が増えきれない)。バイアスの約 203V から上へは +87V、下へは −128V で、上下の潰れ方が違うので偶数次の倍音が出ます。大きな入力ではカソードの電圧も 1.45V から 1.60V に上がり、動作点そのものが動きます。
センドとリターン
センド・リターン(エフェクトループ)は、プリアンプの出口とパワーアンプの入口の間に外の機器を挟むための端子です。プリアンプのトーン回路のあとの信号を 1:10 に下げ、出力 1kΩ のバッファで出しています。センドの電圧は 1.36V のピーク(約 1V rms)で、ラインレベルの機器(ディレイ、リバーブ)が受けられる大きさです。
センドからリターン(入力 100kΩ)へ流れる電流は 27µA です。ここにディレイやリバーブを入れると、歪ませた後の音に響きを足すことになり、プリアンプより前(ギターとアンプの間)に入れたときより残響が濁りません。
- センドプリアンプ(12AX7 × 2 段)の後
パワーアンプとスピーカー:ここで初めて電流を流す
パワーアンプは、リターンの約 1V を 15V 前後に上げ、スピーカーに電流を流します。和音のピークで端子電圧は 15.4V、電流は 2.2A です。ここで初めて、出す側(パワーアンプの出力 2Ω)と受ける側(スピーカー)のインピーダンスが同じ桁になります。
公称 8Ω のスピーカーでも、インピーダンスは周波数で大きく変わります。この等価回路では、コーンの機械的な共振の 100Hz で 46Ω、448Hz で最小の 6.5Ω、ボイスコイルのインダクタンスで 5kHz では 23Ω です。リターン 1V あたりで見ると、端子電圧は 11.5〜14.6V とあまり変わらないのに、電流は 100Hz で 0.31A、448Hz で 1.76A と 6 倍変わります(図7)。
パワーアンプの出力インピーダンスが小さいほど、スピーカーのインピーダンスの山谷に関係なく電圧が一定になります。真空管アンプは出力インピーダンスが大きめのものが多く、共振の山で電圧が持ち上がって低音が出やすくなります。
- スピーカー端子の電圧音そのものではなく、スピーカーにかかる電圧
電力で見ると 1 億倍
電圧と電流のピークの積で比べると、ギターの出力は 0.43V × 0.77µA ≒ 0.33µW、スピーカーは 15.4V × 2.2A ≒ 34W で、約 1 億倍(80dB)です。このうちペダルとプリアンプは主に電圧を大きくし、電流を大きくするのはパワーアンプだけです。
電圧の大きさで見ると、0.43V(ギター)→ 1.75V(ブースター)→ 106V(プリアンプ)→ 1.36V(センド)→ 15.4V(スピーカー)と上下します。どの機器も、次の機器が受けられる大きさに合わせて渡しています。
シミュレーションで省いたこと
- 12AX7 は Koren のモデル(広く使われているパラメータ)で、グリッド電流はダイオードで近似しました。B+ は理想電源で、大きな音で電源電圧が下がる効果(サグ)は入れていません。
- トーンスタックは、固定の分圧(高域を少し残すコンデンサ付き)に置き換えました。
- パワーアンプは、電圧利得・出力の頭打ち・出力インピーダンス 2Ω だけの振る舞いモデルです。出力トランスと出力管の非線形は入れていません。
- スピーカーは、直流抵抗 6.4Ω、ボイスコイルのインダクタンス 0.7mH、100Hz の機械的共振(山 46Ω)の電気的な等価回路です。特定の製品の値ではありません。
- バッファ・ブースター・TS808 は OP アンプのモデル(GBW・スルーレート・出力の振れ幅)で、雑音は入れていません。
よくある質問
バッファはどこに置けばよいですか。
アンプの入力が 1MΩ もあるのはなぜですか。
センド・リターンに歪みのペダルをつないでもよいですか。
8Ω のスピーカーに 4Ω の出力をつなぐとどうなりますか。
参考にした規格・資料
- Norman Koren, "Improved vacuum tube models for SPICE simulations", Glass Audio, 1996 — 12AX7 のモデル式とパラメータ
- Merlin Blencowe, Designing Tube Preamps for Guitar and Bass — グリッドストッパー、自己バイアス、カップリング、エフェクトループの設計
- Helmuth Lemme, "The Secrets of Electric Guitar Pickups" — ピックアップの等価回路と、ケーブル容量による共振周波数の変化
- R. H. Small, "Direct-Radiator Loudspeaker System Analysis", JAES, 1972 — スピーカーの電気的な等価回路(Thiele/Small)
- ngspice User's Manual / EEcircuit-engine(ngspice の WebAssembly 版) — 過渡解析と小信号解析に使ったシミュレータ