等長配線はどこまで詰めるか

「クロックとデータは等長に」と言われて、全部の配線を 0.1mm 単位で揃えている基板を見ます。1mm は 6.5ps です。その信号のタイミング余裕が 5ns なら、100mm ずれても問題ありません。

最終更新: 2026-10-30 等長配線スキューDDR差動ペア

1mm は 6〜7ps

FR-4 の基板で、信号の伝搬遅延はマイクロストリップ(表層)で 6〜6.5ps/mm、ストリップライン(内層)で 7ps/mm 前後です。表層は実効比誘電率が低く、速くなります。

等長配線は、複数の信号の到着時刻を揃えるものです。必要な精度は、その信号群のタイミング余裕(マージン)から逆算します。余裕が 100ps なら配線の差は 15mm 以内、10ps なら 1.5mm 以内です。余裕を知らずに 0.1mm で揃えても、設計にはなりません。

配線長を必要な範囲に調整する作業
配線長を必要な範囲に調整する作業。概念を表すAI生成イラストです。実際の回路・条件は本文の図と説明を参照してください。

要る信号と、要らない信号

SPIではクロック周波数だけで等長の要否は決まりません。送信側のクロック出力遅延、受信側のセットアップ・ホールド、戻りデータの往復遅延を含めて判断します。I²CやUARTも、同じ物理長にすることより各方式のタイミング条件を満たすことが先です。

DDRなどのソース同期バスでは、DQとDQS、アドレス・コマンドとクロックなど、信号群ごとに制約が違います。型番・速度・ランク数・トポロジーに対応するコントローラの設計ガイドを使い、パッケージ内遅延を含むか確認します。

差動対の対内スキューと、別の対とのスキューは別の制約です。USBやPCIeの名称とビット時間だけから、許容差を一律にmmへ決めることはできません。下表はどの資料・予算を確認するかの整理です。

配線制約を決める前に確認する項目
対象確認する条件設計上の判断
SPIクロック出力遅延、セットアップ・ホールド、戻り遅延最悪条件の残余予算から決める
DDR DQ/DQS対象コントローラのバイトレーン制約パッケージ補正と基板遅延を区別する
DDR アドレス・コマンドトポロジーとクロックに対する制約DQの値を転用しない
USB・PCIe差動対対象PHY/トランシーバの対内スキュー規定ビット時間をそのまま許容差にしない
信号ごとの 1 ビットの時間と、配線長差の遅延換算対数軸の横棒グラフ。SPI 20MHz の 50ns から PCIe Gen3 の 125ps までを並べ、配線 1mm = 6.5ps、10mm = 65ps、100mm = 650ps の位置を縦線で示す。 ビット時間と配線差の時間スケールを比べる FR-4 マイクロストリップ、6.5ps/mm で換算 SPI 20MHz 50ns。100mm ずれても 1.3% 100MHz 同期バス 10ns。10mm で 0.65% DDR3-1600 アドレス 1.25ns:制約は機種別 DDR3-1600 DQ/DQS 625ps:DQ/DQS予算を確認 PCIe Gen3 ペア内 125ps:トランシーバ仕様を確認 1ps10ps100ps1ns10ns100ns 1mm = 6.5ps 10mm = 65ps 100mm = 650ps 棒が短い信号ほど、同じ配線長差が 1 ビットに占める割合が大きい。 許容差は残余タイミング予算から求める。ビット時間の一定割合では決まらない。
図1:信号ごとの 1 ビットの時間と、配線 1mm・10mm・100mm に相当する遅延。SPI では 100mm の差が 1 ビットの 1% 強にすぎず、DDR のデータでは 1mm が 1 ビットの 1% になる。

層・ビア・パッケージ内の遅延

揃えたいのは長さではなく遅延です。長さが同じでも、次の要因で遅延がずれます。

  • 層による速度差。表層(6〜6.5ps/mm)と内層(7ps/mm)では 1mm あたり 0.5〜1ps 違い、100mm のうち 50mm を内層に引くと 25〜50ps の差が出ます。同じ信号群は同じ層で引くか、層ごとに換算します。
  • ビア。1 個は基板厚ぶんの垂直配線で、1.6mm なら 10ps 前後です。ビアの数を揃えるか、1 個を 1.5〜2mm に換算します。
  • パッケージ内の配線。BGA のボールとチップのパッドの間に数 mm〜十数 mm の配線があり、ピンごとに違うので、メーカの「パッケージ遅延テーブル」を配線長に足します。
長さが同じでも遅延がずれる要因基板の断面。左の IC から、パッケージ内の配線、表層の配線、ビア、内層の配線、ビア、表層の配線を経て右の IC へ至る。表層は 6〜6.5ps/mm、内層は 7ps/mm、ビア 1 個は基板厚 1.6mm で 10ps 前後、パッケージ内配線は数 mm〜十数 mm でピンごとに違う。 配線長を揃えても、通る場所で遅延が変わる IC どうしを結ぶ 1 本の配線の断面 IC IC 表層 6〜6.5ps/mm 表層 6〜6.5ps/mm 内層 7ps/mm パッケージ内配線 数 mm〜十数 mm ビア 1 個 10ps 前後 ビア 1 個 10ps 前後 パッケージ内配線 数 mm〜十数 mm
図2:長さが同じでも遅延がずれる 3 つの要因(層、ビア、パッケージ内配線)。

蛇行配線の結合

長さを稼ぐために配線を折り返すと、折り返しの区間どうしが結合し、信号が短絡的に伝わって意図した遅延より短くなります。間隔を線幅の 3〜4 倍以上あけ、短い折り返しを多数より、大きな折り返しを少数にします。

蛇行配線の間隔左は、間隔が狭く小さな折り返しが多い蛇行配線で、結合して遅延が短くなる。右は、間隔を線幅の 3 倍以上あけた、少数の大きな折り返し。 蛇行配線は、間隔をあけて大きく折り返す 上から見た配線。W は線幅 避ける形 間隔が狭く、折り返しが小さくて多い 区間どうしが結合し、遅延が意図より短くなる 望ましい形 間隔 3W 以上 間隔を空けた、少数の大きな折り返し 結合の影響が小さい 線幅 W
図3:蛇行配線。間隔が狭く小さな折り返しが多いと結合しやすい。

残った30psを基板の長さに換算する例

以下は特定のDDRやUSB規格の値ではなく、設計手順のための仮定です。ある信号群に使えるスキューを100psとし、パッケージ差30ps、ジッタと条件変動20ps、設計余裕20psを割り当てると、基板配線に残るのは100 − 30 − 20 − 20 = 30psです。6.5ps/mmと仮定すれば、許容する配線間の最大長さ差は30 ÷ 6.5 ≈ 4.6mmです。

この4.6mmは最長と最短の差です。中心値に対する±表記にするなら±2.3mmであり、±4.6mmとすると最大差は9.2mmになってしまいます。層別の伝搬速度が違うなら、各区間の長さ×単位長さ遅延を足して比較します。最小遅延側のホールド条件も、最大遅延側のセットアップ条件とは別に確認します。 層の違いは層ごとの伝搬遅延も参照してください。

手順

  1. 設計ガイドから、信号群ごとの等長要求を読む。無ければタイミング余裕から逆算する。
  2. 同じ信号群は同じ層構成(層、ビアの数)で引く。
  3. 最長の配線を先に決め、他をそれに合わせて伸ばす。
  4. パッケージ遅延は各ピンの目標長で補正する。
  5. 蛇行の間隔は 3W 以上。折り返しは受端側ではなく、長さ差が生じた場所の近くで入れる。
  6. 余裕が不明なら、対象デバイスの制約を確認する。数値が得られるまで根拠なく蛇行を追加せず、最終的なセットアップ・ホールドを検算する。

よくある質問

設計ガイドに等長の指定がない信号はどうすればよいですか。
タイミング余裕から逆算します。クロック周期からセットアップ・ホールド時間と出力遅延の差を引いた残りを 6.5ps/mm で割り、その 1/2〜1/3 が目安です。
0.1mm 単位で揃えることに意味はありますか。
0.1mm は 0.65ps です。製造ばらつき(εr、線幅)で遅延は 1〜2% 動き、100mm なら 6〜13ps です。数 Gbps のペア内スキュー以外では意味がありません。
差動ペアのペア内スキューは、ペアの端で補正すればよいですか。
スキューが生じた場所(ピンの引き出し、ビア、曲がり)の直後で補正します。ペアの端では、途中で変換されたコモンモードが戻りません。
等長のために配線が長くなり、インピーダンス整合が崩れませんか。
蛇行配線そのものは線幅が同じでインピーダンスは変わりませんが、折り返しの結合で局所的に下がり、遅延も短くなります。3W 以上あければ影響は小さく、むしろクロストークのほうが問題になりやすいです。

参考にした規格・資料

  • JEDEC JESD79-3 (DDR3) / JESD79-4 (DDR4) — DDR のタイミング仕様。tDS / tDH などの余裕の根拠
  • 各メモリコントローラ・FPGA メーカの基板設計ガイド — 信号群ごとの等長要求とパッケージ遅延テーブル
  • USB-IF, USB 2.0 Specification — High Speed の信号品質要件
  • H. W. Johnson, M. Graham, High-Speed Digital Design — 蛇行配線の結合、層による遅延差

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