インダクタの電圧はどこから見た電圧か:V = L·dI/dt とスイッチング電源
インダクタは「電流を急に変えられない部品」で、電流を保つためなら電圧はいくらでも出します。V = L·dI/dt の V は、その「電流を保つために出す電圧」で、電流が増えるときと減るときで向きが反転します。この反転が、スイッチを切ったときの跳ね上がりであり、ブーストコンバータの原理そのものです。
コンデンサと対にして覚える
コンデンサは I = C·dV/dt で、電圧を急に変えられない部品です。電圧を変えようとすると、変化の速さに比例した電流が流れます。電圧を一瞬で変えようとすれば無限大の電流が要るので、実際には電流が流せる範囲でしか電圧は変わりません。
インダクタはその双対で、V = L·dI/dt、電流を急に変えられない部品です。電流を変えようとすると、変化の速さに比例した電圧が両端に現れます。電流を一瞬で切ろうとすれば無限大の電圧が出るので、実際には「何かが導通して電流を流し続けられる電圧」まで上がります。
コンデンサが電荷 Q = C·V を蓄えて電圧を保つように、インダクタは磁束 Φ = L·I を蓄えて電流を保ちます。エネルギーは ½CV² と ½LI²。「コンデンサの電圧は連続、インダクタの電流は連続」がすべての出発点です。
V はどこから見た電圧か
式の符号で混乱するのは、V をどちら向きに測るかが決まっていないからです。決めます。電流が流れ込む端子を A、流れ出す端子を B とし、V = VA − VB(A から見た B の電圧ではなく、A の B に対する電圧)とします。このとき V = +L·dI/dt です。
電流が増えているとき(dI/dt > 0)、V > 0、つまり A のほうが B より高い。電流は高いほうから低いほうへ流れ込んでいるので、インダクタは抵抗のように電力を受け取っています(磁気エネルギーとして蓄える)。
電流が減っているとき(dI/dt < 0)、V < 0、つまり B のほうが A より高い。電流は A から B へ流れているのに、B の電位が高い。これは電池と同じで、インダクタは電源として電力を吐き出しています(蓄えた磁気エネルギーを放出)。
教科書の「−L·dI/dt」は、この電圧を「誘導起電力」として、電流の変化を妨げる向きに測ったものです。同じ現象を逆向きに測っただけで、物理は同じです。回路図で考えるときは、上の「流れ込む側から流れ出す側」の定義で +L·dI/dt に統一すると迷いません。
「電流を保つために必要な電圧を、インダクタが勝手に作る」と考えると、あとの話がすべてつながります。増えるのを妨げるときは入口を高く、減るのを妨げるときは出口を高く。どちらも「変化を妨げる」向きです。
電流を急に切ると何が起きるか
12V の電源からインダクタ(リレーのコイル、100mH)を通してトランジスタで GND に落とし、100mA 流している状態を考えます。インダクタの入口 A は 12V、出口 B はトランジスタの飽和電圧でほぼ 0V です。
トランジスタを 10ns で切ると、電流は 100mA から 0 に向かおうとします。dI/dt = −0.1A ÷ 10ns = −107 A/s。V = L·dI/dt = 0.1 × (−107) = −1,000,000V。A は 12V のままなので、B は 12V + 1MV まで上がろうとします。
もちろん 1MV にはなりません。B の電圧が上がる途中で、何かが導通します。トランジスタのコレクタ・エミッタ間がアバランシェ降伏する(数十〜数百 V、素子が壊れることがある)、基板の浮遊容量が充電される(電圧の上限は I × √(L/C):100mA、100mH、100pF で約 3kV)、空中放電する。そのどれかで電流が流れる経路ができ、インダクタはその電圧で電流を流し続け、電流は徐々に減ります。
大事なのは、電圧の上限を決めているのはインダクタではなく「最初に導通する相手」だということです。だから、こちらで相手を用意します。それがフライホイールダイオード(還流ダイオード)で、B から A へ向けてダイオードを付けておくと、B が A より 0.7V 高くなった時点でダイオードが導通し、電流はインダクタ→ダイオード→インダクタと回り続けます。B の電圧は 12.7V で止まり、電流は L ÷ R の時定数(コイル抵抗 100Ω なら 1ms)で減っていきます。
リレーやモータやソレノイドを駆動するトランジスタに、必ずダイオードを付けるのはこのためです。付け忘れると、切るたびに数百 V のパルスがトランジスタに加わり、数回〜数千回で壊れます。
ダイオードで止めると電流の減衰が遅く(リレーの復帰が遅く)なるので、速く切りたいときは、ダイオードに直列にツェナーを入れて「12V + ツェナー電圧」まで上げさせます。電圧を高くするほど dI/dt が大きくなり、電流が速く消えます。これも V = L·dI/dt そのままです。
その跳ね上がりを使う:ブーストコンバータ
上の話で、B の電圧が「相手が見つかるまで上がる」なら、相手を出力コンデンサにすれば、入力より高い電圧が作れます。これがブースト(昇圧)コンバータです。
スイッチを閉じている間、A = Vin、B = 0 で、V = Vin > 0。電流は Vin ÷ L の傾きで増えます。スイッチを開くと、B は上がり、ダイオードを通して出力コンデンサ(Vout)につながったところで止まります。V = Vin − Vout < 0 なので、電流は (Vout − Vin) ÷ L の傾きで減ります。
定常状態では、1 周期の間に電流は増えたぶんだけ減って元に戻ります。増える量 = Vin × Ton ÷ L、減る量 = (Vout − Vin) × Toff ÷ L。これが等しいので、Vin × Ton = (Vout − Vin) × Toff。デューティ D = Ton ÷ T で書き直すと Vout = Vin ÷ (1 − D)。D = 0.5 なら 2 倍、0.75 なら 4 倍です。
この「1 周期の間に、電圧 × 時間の面積が正負で釣り合う」ことをボルト・秒平衡と呼びます。インダクタの平均電圧はゼロ(そうでなければ電流が増え続けるか減り続ける)、という当たり前のことを言っているだけですが、すべてのスイッチング電源の出力電圧はこの一行から出ます。
同じ原理で降圧する:バックコンバータ
バック(降圧)コンバータでは、インダクタの入口 A をスイッチで Vin につないだり切ったりし、出口 B を出力コンデンサ(Vout)につなぎます。
スイッチが閉じている間、A = Vin、B = Vout で、V = Vin − Vout > 0。電流は増えます。スイッチを開くと、電流は減ろうとし、それを妨げるためにA の電圧が下がります(今度は入口側が動く。出口 B はコンデンサで固定されているから)。A は GND より 0.7V 低いところでダイオード(同期整流ならローサイド MOSFET)が導通して止まります。V = −0.7 − Vout ≒ −Vout で、電流は Vout ÷ L の傾きで減ります。
ボルト・秒平衡から、(Vin − Vout) × Ton = Vout × Toff、つまり Vout = D × Vin。12V から D = 0.275 で 3.3V です。
電流の増減の幅(リップル電流)は ΔI = (Vin − Vout) × D ÷ (f × L)。この式も V = L·dI/dt を Ton の間だけ積分したものです。L を大きくすれば ΔI は減りますが、インダクタが大きく、直流抵抗が増えます。同期整流バックコンバータの計算機は、この式で ΔI と損失を出しています。
「A が動く」か「B が動く」か
ここまでの話を、電圧が動く端子で整理すると次のようになります。
スイッチを切ったとき、電圧で固定されていないほうの端子が動きます。リレー駆動とブーストでは、A が電源に固定されているので B が上に動く。バックでは、B が出力コンデンサに固定されているので A が下に動く。どちらも「電流を流し続けられる相手が見つかるまで」動き、その相手(ダイオード、コンデンサ)で止まります。
オシロスコープでインダクタの電圧を見るときも同じで、両端とも動いていることがあります。片側を GND 基準で見ただけでは V = L·dI/dt は見えません。差動プローブか、2 チャンネルの差で見てください。スイッチング電源の SW ノード(動くほうの端子)を見ると、上で説明した「跳ね上がって止まる」波形と、その角に乗るリンギング(インダクタの巻線容量や配線の寄生インダクタンスとの共振)が見えます。
実機で引っかかるところ
- 飽和。コアの磁束が上限に達すると L が急に小さくなり、同じ電圧で dI/dt が跳ね上がって電流が暴走します。定格の「飽和電流」はピーク電流(平均 + ΔI/2)に対して余裕を持たせます。
- ダイオードの付け忘れ、逆向き。リレー・モータ・ソレノイド・電磁弁の駆動には必ず還流ダイオード。向きは「B から A へ」(電源側がカソード)。逆に付けると電源を短絡します。
- ダイオードの速さ。スイッチング電源のように µs 単位で切る場合、一般整流用ダイオードでは逆回復が遅く、跳ね上がりを止めきれません。ショットキーか高速ダイオードを使います。
- SW ノードのリンギング。跳ね上がりの角で、寄生 L と C の共振が数十 MHz で鳴ります。放射ノイズの原因になり、ひどければ素子の耐圧を超えます。RC スナバか、ゲート抵抗でエッジを鈍らせます。
- 電流の連続・不連続。負荷が軽いと、オフ期間中に電流がゼロまで減って止まります(不連続モード)。そこから先はボルト・秒平衡の式が変わり、出力電圧がデューティだけでは決まらなくなります。
- インダクタの直流抵抗。V = L·dI/dt に加えて I × R の電圧降下が乗ります。大電流では無視できず、効率と出力電圧に効きます。
よくある質問
V = −L·dI/dt のマイナスは何ですか。
スイッチを切ったときの電圧は、実際には何 V になりますか。
ブーストコンバータで、スイッチを閉じている間は出力に何も流れないのですか。
インダクタの電圧をオシロスコープで見るには。
参考にした規格・資料
- R. W. Erickson, D. Maksimović, Fundamentals of Power Electronics — ボルト・秒平衡、バック/ブーストの解析
- TI SLVA477 / SLVA372 — バック・ブーストコンバータの基本計算
- 各リレー・ソレノイドメーカのアプリケーションノート — 還流ダイオードと復帰時間