インダクタの電圧はどこから見た電圧か:V = L·dI/dt とスイッチング電源

インダクタは電流を急に変えられない部品で、電流を保つためなら電圧はいくらでも出します。V = L·dI/dt の V はその電圧で、電流が増えるときと減るときで向きが反転し、スイッチを切ったときの跳ね上がりとブーストコンバータの原理になります。

最終更新: 2026-10-28 インダクタスイッチング電源バックコンバータブーストコンバータ

コンデンサと対にして覚える

コンデンサは I = C·dV/dt で、電圧を急に変えられない部品です。インダクタはその双対で、V = L·dI/dt、電流を急に変えられない部品です。電流を一瞬で切れば無限大の電圧が要るので、実際には「何かが導通して電流を流し続けられる電圧」まで上がります。エネルギーは ½CV² と ½LI² です。

電流の変化に抗うコイル
電流の変化に抗うコイル。概念を表すAI生成イラストです。実際の回路・条件は本文の図と説明を参照してください。

V はどこから見た電圧か

式の符号で混乱するのは、V を測る向きが決まっていないからです。電流が流れ込む端子を A、流れ出す端子を B とし、V = VA − VB と決めると、V = +L·dI/dt になります。

電流が増えているとき(dI/dt > 0)は V > 0 で A が高く、インダクタは抵抗のように電力を受け取ります。減っているとき(dI/dt < 0)は V < 0 で、B のほうが A より高くなります。電流は A から B へ流れているのに B の電位が高いので、インダクタは電池のように電力を出します。

インダクタ両端の電圧の向き(電流が増えるとき・減るとき・急に切るとき)Vin からインダクタ(入口 A、出口 B)を通してスイッチで GND に落とす回路。電流が増える間は A が高く、減る間は B が高く、スイッチを開いた瞬間は B が跳ね上がる。3 つの状態を順に表示するアニメーション。 ① 電流が増えている:入口 A が高いスイッチ閉。V = Vin − 0 > 0。インダクタは負荷として電力を受け取る ② 電流が減っている:出口 B が高いスイッチ開、ダイオードで還流。B は A より 0.7V 高く、インダクタは電源として電力を出す ③ 急に切る:B は「相手が見つかるまで」上がるダイオードがなければ、浮遊容量やスイッチの降伏電圧まで跳ね上がる Vin + A L B 還流ダイオード(B → A) 電流 I(A → B) 0V A の電位 B の電位 +−V = +L·dI/dt > 0A が高い:抵抗のように振る舞う −+V = +L·dI/dt < 0B が高い:電池のように振る舞う −+dI/dt が巨大 → V も巨大B の上限は最初に導通する相手 見方の約束 電流が流れ込む端子を A、流れ出す端子を B として、 V = V_A − V_B = +L·dI/dt。 増えるとき(dI/dt > 0):V > 0、A が高い 変化を妨げる向き。エネルギーを蓄える 減るとき(dI/dt < 0):V < 0、B が高い 変化を妨げる向き。エネルギーを放出する 切るとき:dI/dt → −∞、V → −∞ B が上がり続け、何かが導通したところで止まる
図1:電流が増えるときは入口が高く(負荷)、減るときは出口が高い(電源)。急に切ると、出口側の電圧が上がる。

電流を急に切ると何が起きるか

12V の電源からインダクタ(リレーのコイル、100mH)を通してトランジスタで GND に落とし、100mA 流します。A は 12V、B はトランジスタの飽和電圧でほぼ 0V です。

トランジスタを 10ns で切ると、dI/dt = −0.1A ÷ 10ns = −107 A/s、V = L·dI/dt = 0.1 × (−107) = −1,000,000V。A は 12V のままなので、B は 12V + 1MV まで上がろうとします。

1MV にはなりません。トランジスタのコレクタ・エミッタ間のアバランシェ降伏(数十〜数百 V、素子が壊れることがある)、基板の浮遊容量の充電(上限は I × √(L/C):100mA、100mH、100pF で約 3kV)、空中放電のどれかで電流の経路ができ、電流は徐々に減ります。

電圧の上限を決めるのはインダクタではなく、最初に導通する相手です。そこで B から A へ向けてフライホイールダイオード(還流ダイオード)を付けます。B が A より 0.7V 高くなった時点で導通し、電流はインダクタ→ダイオード→インダクタと回ります。B は 12.7V で止まり、電流は L ÷ R の時定数(コイル抵抗 100Ω なら 1ms)で減ります。

リレー、モータ、ソレノイドの駆動には必ずダイオードを付けます。付け忘れると、切るたびに数百 V のパルスが加わり、数回〜数千回で壊れます。

ダイオードだけだと電流の減衰が遅く、リレーの復帰も遅くなります。速く切りたいときは、直列にツェナーを入れて「12V + ツェナー電圧」まで上げさせます。電圧が高いほど電流は速く消えます。

スイッチを切った瞬間の B の電圧と電流12V、100mH、100mA、コイル抵抗 100Ω。ダイオードあり(緑)となし(赤) スイッチを切った瞬間の B の電圧と電流 12V、100mH、100mA、コイル抵抗 100Ω。ダイオードあり(緑)となし(赤) 12V リレーのコイル 100mH B トランジスタ 還流ダイオード(B → A) V_B 0V 12V ダイオードなし:数百 V〜数 kV に跳ねて振動 ダイオードあり:12.7V で止まる I_L 0 τ = L ÷ R = 1ms で減衰 切る 時間 → ダイオードなしでは、電流は浮遊容量との共振で一瞬でゼロになり、その代償として電圧が跳ねる。 ダイオードありでは電圧は 12.7V で止まり、電流はダイオードを回って 1ms で減る。
図2:切った瞬間、B は電流を流し続けられる相手が現れるまで上がる。ダイオードがあれば 12.7V で止まる。

その跳ね上がりを使う:ブーストコンバータ

B が相手の見つかるまで上がるなら、相手を出力コンデンサにすれば入力より高い電圧が作れます。これがブースト(昇圧)コンバータです。

閉じている間は A = Vin、B = 0 で V = Vin > 0、電流は Vin ÷ L の傾きで増えます。開くと B が上がり、ダイオードを通して出力コンデンサ(Vout)につながったところで止まります。V = Vin − Vout < 0 なので、電流は (Vout − Vin) ÷ L の傾きで減ります。

定常状態では、1 周期で電流が増えたぶんだけ減って元に戻ります。増える量 Vin × Ton ÷ L と、減る量 (Vout − Vin) × Toff ÷ L が等しいので、Vin × Ton = (Vout − Vin) × Toff。デューティ D = Ton ÷ T で書き直すと Vout = Vin ÷ (1 − D)。D = 0.5 なら 2 倍、0.75 なら 4 倍です。

1 周期で電圧 × 時間の面積が正負で釣り合うことをボルト・秒平衡と呼びます。インダクタの平均電圧はゼロという当たり前のことが、出力電圧を決めます。

同じ原理で降圧する:バックコンバータ

バックでは、A をスイッチで Vin につないだり切ったりし、B を出力コンデンサ(Vout)につなぎます。閉じている間は A = Vin、B = Vout で V = Vin − Vout > 0、電流は増えます。開くと電流は減ろうとし、それを妨げるためにA の電圧が下がります。今度は出口 B が出力コンデンサで固定されているので、入口側が動きます。A が GND より 0.7V 低くなるとダイオード(同期整流ならローサイド MOSFET)が導通して止まり、V = −0.7 − Vout ≒ −Vout、電流は Vout ÷ L の傾きで減ります。

ボルト・秒平衡から (Vin − Vout) × Ton = Vout × Toff、つまり Vout = D × Vin。12V から D = 0.275 で 3.3V です。

リップル電流は ΔI = (Vin − Vout) × D ÷ (f × L)(V = L·dI/dt を Ton の間だけ積分したもの)。L を大きくすれば ΔI は減りますが、インダクタが大きくなり、直流抵抗も増えます。同期整流バックコンバータの計算機は、この式で ΔI と損失を出しています。

バックとブーストのインダクタ電圧 V_L と電流 I_L左:12V → 3.3V、D = 0.275、3A。右:5V → 12V、D = 0.583、平均 2.4A バックとブーストのインダクタ電圧 V_L と電流 I_L 左:12V → 3.3V、D = 0.275、3A。右:5V → 12V、D = 0.583、平均 2.4A バック(降圧) 0 V_L = V_A − V_B +8.7V -3.3V I_L 平均 3A スイッチ閉 スイッチ開 閉:V_L = Vin − Vout = 8.7V で増える 開:V_L = −Vout = −3.3V で減る → Vout = D × Vin ブースト(昇圧) 0 V_L = V_A − V_B +5V -7V I_L 平均 2.4A スイッチ閉 スイッチ開 閉:V_L = Vin = 5V で増える 開:V_L = Vin − Vout = −7V で減る → Vout = Vin ÷ (1 − D) 青の面積(正の電圧 × 時間)と赤の面積(負の電圧 × 時間)が等しいところで定常になる。これがボルト・秒平衡。
図3:バックとブーストのインダクタ電圧と電流。閉じている間は正の電圧で電流が増え、開いている間は負の電圧で減る。電圧 × 時間の面積が釣り合うところで出力電圧が決まる。

「A が動く」か「B が動く」か

スイッチを切ったとき、電圧で固定されていないほうの端子が動きます。リレー駆動とブーストでは A が電源に固定されているので B が上に動き、バックでは B が出力コンデンサに固定されているので A が下に動きます。どちらも相手(ダイオード、コンデンサ)が見つかったところで止まります。

オシロスコープでは両端とも動いていることがあり、片側を GND 基準で見ただけでは V = L·dI/dt は見えません。差動プローブか、2 チャンネルの差で見てください。SW ノード(動くほうの端子)には、跳ね上がって止まる波形と、その角に乗るリンギングが見えます。

インダクタの 2 つの端子のうち、電圧で固定されている端子と動く端子リレー駆動、ブースト、バックの 3 つの回路で、インダクタの端子 A と B のどちらが電源や出力コンデンサに固定され、スイッチを切ったときにどちらが動くかを示す。リレー駆動とブーストでは B が上がり、バックでは A が下がる。 リレー駆動 Vin L 還流ダイオード A B 上がる A:電源に固定 B:上がり、ダイオードで止まる ブースト Vin L Vout A B 上がる A:電源に固定 B:上がり、出力コンデンサで止まる バック Vin L Vout A B 下がる B:出力コンデンサに固定 A:下がり、ダイオードで止まる 電圧で固定されている端子 スイッチを切ると動く端子
図4:スイッチを切ると、電圧で固定されていない端子が動く。リレー駆動とブーストでは B が上がり、バックでは A が下がる。

実機で引っかかるところ

  • 飽和。コアの磁束が上限に達すると L が急に小さくなり、dI/dt が跳ね上がって電流が暴走します。飽和電流はピーク電流(平均 + ΔI/2)に余裕を持たせます。
  • 還流ダイオードの付け忘れ、逆向き。リレー、モータ、ソレノイドの駆動には必ず付けます。向きは B から A へ(電源側がカソード)で、逆だと電源を短絡します。
  • ダイオードの速さ。µs 単位で切る電源では、一般整流用ダイオードは逆回復が遅く、跳ね上がりを止めきれません。ショットキーか高速ダイオードを使います。
  • SW ノードのリンギング。跳ね上がりの角で、寄生 L と C が数十 MHz で共振します。放射ノイズの原因で、ひどければ耐圧を超えます。RC スナバか、ゲート抵抗でエッジを鈍らせます。
  • 電流の連続・不連続。負荷が軽いと、オフ期間中に電流がゼロまで減ります(不連続モード)。その先は出力電圧がデューティだけでは決まりません。
  • インダクタの直流抵抗。V = L·dI/dt に I × R の降下が乗り、大電流では効率と出力電圧に効きます。

よくある質問

V = −L·dI/dt のマイナスは何ですか。
誘導起電力を電流の変化を妨げる向きに測ったときの符号です。電流が流れ込む端子から流れ出す端子へ向けて測れば V = +L·dI/dt で、測る向きが違うだけです。
スイッチを切ったときの電圧は、実際には何 V になりますか。
最初に導通する相手で決まります。ダイオードなら電源 + 0.7V、ツェナーならその電圧、何もなければ I × √(L/C)(100mA、100mH、100pF で約 3kV)かスイッチ素子の降伏電圧です。
ブーストコンバータで、スイッチを閉じている間は出力に何も流れないのですか。
そのとおりです。閉じている間はダイオードが逆バイアスで、出力は出力コンデンサから供給されます。電流が出力へ流れるのは開いている間だけなので、出力コンデンサにはバックより大きなリップル電流が流れ、容量と ESR の要求が厳しくなります。
インダクタの電圧をオシロスコープで見るには。
両端の電圧を 2 チャンネルで取って差を計算するか、差動プローブを使います。バックなら B が出力電圧で固定されているので、A(SW ノード)を GND 基準で見て V = V_SW − V_out と読めます。ブーストは入口が固定なので、出口の SW ノードを見ます。

参考にした規格・資料

  • R. W. Erickson, D. Maksimović, Fundamentals of Power Electronics — ボルト・秒平衡、バック/ブーストの解析
  • TI SLVA477 / SLVA372 — バック・ブーストコンバータの基本計算
  • 各リレー・ソレノイドメーカのアプリケーションノート — 還流ダイオードと復帰時間

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