インダクタの電圧はどこから見た電圧か:V = L·dI/dt とスイッチング電源
インダクタは電流を急に変えられない部品で、電流を保つためなら電圧はいくらでも出します。V = L·dI/dt の V はその電圧で、電流が増えるときと減るときで向きが反転し、スイッチを切ったときの跳ね上がりとブーストコンバータの原理になります。
コンデンサと対にして覚える
コンデンサは I = C·dV/dt で、電圧を急に変えられない部品です。インダクタはその双対で、V = L·dI/dt、電流を急に変えられない部品です。電流を一瞬で切れば無限大の電圧が要るので、実際には「何かが導通して電流を流し続けられる電圧」まで上がります。エネルギーは ½CV² と ½LI² です。
V はどこから見た電圧か
式の符号で混乱するのは、V を測る向きが決まっていないからです。電流が流れ込む端子を A、流れ出す端子を B とし、V = VA − VB と決めると、V = +L·dI/dt になります。
電流が増えているとき(dI/dt > 0)は V > 0 で A が高く、インダクタは抵抗のように電力を受け取ります。減っているとき(dI/dt < 0)は V < 0 で、B のほうが A より高くなります。電流は A から B へ流れているのに B の電位が高いので、インダクタは電池のように電力を出します。
電流を急に切ると何が起きるか
12V の電源からインダクタ(リレーのコイル、100mH)を通してトランジスタで GND に落とし、100mA 流します。A は 12V、B はトランジスタの飽和電圧でほぼ 0V です。
トランジスタを 10ns で切ると、dI/dt = −0.1A ÷ 10ns = −107 A/s、V = L·dI/dt = 0.1 × (−107) = −1,000,000V。A は 12V のままなので、B は 12V + 1MV まで上がろうとします。
1MV にはなりません。トランジスタのコレクタ・エミッタ間のアバランシェ降伏(数十〜数百 V、素子が壊れることがある)、基板の浮遊容量の充電(上限は I × √(L/C):100mA、100mH、100pF で約 3kV)、空中放電のどれかで電流の経路ができ、電流は徐々に減ります。
電圧の上限を決めるのはインダクタではなく、最初に導通する相手です。そこで B から A へ向けてフライホイールダイオード(還流ダイオード)を付けます。B が A より 0.7V 高くなった時点で導通し、電流はインダクタ→ダイオード→インダクタと回ります。B は 12.7V で止まり、電流は L ÷ R の時定数(コイル抵抗 100Ω なら 1ms)で減ります。
リレー、モータ、ソレノイドの駆動には必ずダイオードを付けます。付け忘れると、切るたびに数百 V のパルスが加わり、数回〜数千回で壊れます。
ダイオードだけだと電流の減衰が遅く、リレーの復帰も遅くなります。速く切りたいときは、直列にツェナーを入れて「12V + ツェナー電圧」まで上げさせます。電圧が高いほど電流は速く消えます。
その跳ね上がりを使う:ブーストコンバータ
B が相手の見つかるまで上がるなら、相手を出力コンデンサにすれば入力より高い電圧が作れます。これがブースト(昇圧)コンバータです。
閉じている間は A = Vin、B = 0 で V = Vin > 0、電流は Vin ÷ L の傾きで増えます。開くと B が上がり、ダイオードを通して出力コンデンサ(Vout)につながったところで止まります。V = Vin − Vout < 0 なので、電流は (Vout − Vin) ÷ L の傾きで減ります。
定常状態では、1 周期で電流が増えたぶんだけ減って元に戻ります。増える量 Vin × Ton ÷ L と、減る量 (Vout − Vin) × Toff ÷ L が等しいので、Vin × Ton = (Vout − Vin) × Toff。デューティ D = Ton ÷ T で書き直すと Vout = Vin ÷ (1 − D)。D = 0.5 なら 2 倍、0.75 なら 4 倍です。
1 周期で電圧 × 時間の面積が正負で釣り合うことをボルト・秒平衡と呼びます。インダクタの平均電圧はゼロという当たり前のことが、出力電圧を決めます。
同じ原理で降圧する:バックコンバータ
バックでは、A をスイッチで Vin につないだり切ったりし、B を出力コンデンサ(Vout)につなぎます。閉じている間は A = Vin、B = Vout で V = Vin − Vout > 0、電流は増えます。開くと電流は減ろうとし、それを妨げるためにA の電圧が下がります。今度は出口 B が出力コンデンサで固定されているので、入口側が動きます。A が GND より 0.7V 低くなるとダイオード(同期整流ならローサイド MOSFET)が導通して止まり、V = −0.7 − Vout ≒ −Vout、電流は Vout ÷ L の傾きで減ります。
ボルト・秒平衡から (Vin − Vout) × Ton = Vout × Toff、つまり Vout = D × Vin。12V から D = 0.275 で 3.3V です。
リップル電流は ΔI = (Vin − Vout) × D ÷ (f × L)(V = L·dI/dt を Ton の間だけ積分したもの)。L を大きくすれば ΔI は減りますが、インダクタが大きくなり、直流抵抗も増えます。同期整流バックコンバータの計算機は、この式で ΔI と損失を出しています。
「A が動く」か「B が動く」か
スイッチを切ったとき、電圧で固定されていないほうの端子が動きます。リレー駆動とブーストでは A が電源に固定されているので B が上に動き、バックでは B が出力コンデンサに固定されているので A が下に動きます。どちらも相手(ダイオード、コンデンサ)が見つかったところで止まります。
オシロスコープでは両端とも動いていることがあり、片側を GND 基準で見ただけでは V = L·dI/dt は見えません。差動プローブか、2 チャンネルの差で見てください。SW ノード(動くほうの端子)には、跳ね上がって止まる波形と、その角に乗るリンギングが見えます。
実機で引っかかるところ
- 飽和。コアの磁束が上限に達すると L が急に小さくなり、dI/dt が跳ね上がって電流が暴走します。飽和電流はピーク電流(平均 + ΔI/2)に余裕を持たせます。
- 還流ダイオードの付け忘れ、逆向き。リレー、モータ、ソレノイドの駆動には必ず付けます。向きは B から A へ(電源側がカソード)で、逆だと電源を短絡します。
- ダイオードの速さ。µs 単位で切る電源では、一般整流用ダイオードは逆回復が遅く、跳ね上がりを止めきれません。ショットキーか高速ダイオードを使います。
- SW ノードのリンギング。跳ね上がりの角で、寄生 L と C が数十 MHz で共振します。放射ノイズの原因で、ひどければ耐圧を超えます。RC スナバか、ゲート抵抗でエッジを鈍らせます。
- 電流の連続・不連続。負荷が軽いと、オフ期間中に電流がゼロまで減ります(不連続モード)。その先は出力電圧がデューティだけでは決まりません。
- インダクタの直流抵抗。V = L·dI/dt に I × R の降下が乗り、大電流では効率と出力電圧に効きます。
よくある質問
V = −L·dI/dt のマイナスは何ですか。
スイッチを切ったときの電圧は、実際には何 V になりますか。
ブーストコンバータで、スイッチを閉じている間は出力に何も流れないのですか。
インダクタの電圧をオシロスコープで見るには。
参考にした規格・資料
- R. W. Erickson, D. Maksimović, Fundamentals of Power Electronics — ボルト・秒平衡、バック/ブーストの解析
- TI SLVA477 / SLVA372 — バック・ブーストコンバータの基本計算
- 各リレー・ソレノイドメーカのアプリケーションノート — 還流ダイオードと復帰時間