時計の水晶はなぜ 32.768kHz なのか:1Hz を直接作らない理由

32768 は 2 を 15 回掛けた数なので、「半分にする」回路に 15 回通すと、ちょうど 1 秒に 1 回のパルスになります。最初から 1 秒に 1 回振動する水晶を作ればよさそうですが、それができない理由が、この周波数が選ばれた理由そのものです。

最終更新: 2026-10-07 RTC水晶振動子32.768kHz分周

32768 = 2 の 15 乗

32768 を 2 で割ると 16384、もう一度割ると 8192、と続けて、15 回目でちょうど 1 になります。32768 = 215 だからで、1 秒に 32768 回振動する水晶があれば、「2 回に 1 回だけ数える」操作を 15 回繰り返して、1 秒に 1 回のパルスが得られます。

この回路は最も単純な部類で、入力のたびに出力を反転させるスイッチ(トグル)が 1 個あれば足ります。入力 2 回に出力 1 往復で、周波数が半分になります。15 個直列にしたものが分周器です。

10000Hz や 100000Hz のような 10 進数の水晶では、「10 回に 1 回」を数える複雑な回路が要ります。2 のべき乗なら、一番簡単な回路の繰り返しで済む。これが 32768 という半端な数の第一の理由です。

水晶の刻みを分周して時計に利用するイメージ
水晶の刻みを分周して時計に利用するイメージ。概念を表すAI生成イラストです。実際の回路・条件は本文の図と説明を参照してください。
2 分周の繰り返しで 32768Hz から 1Hz を作る左は入力の矩形波と、それを 2 回に 1 回だけ数えて半分にした波形を 3 段。右は 32768Hz から 1Hz までの 15 段のはしごで、途中の 1024Hz と 256Hz、最後の 1Hz を強調している。 「2 回に 1 回」を 15 回繰り返すと、32768 は 1 になる 入力が来るたびに出力を反転させるだけで、周波数は半分になる 入力 半分 ÷2 1/4 ÷2 1/8 ÷2 出力は入力 2 回で 1 往復。回路はスイッチ 1 個。 それを直列に 15 個並べたものが「32768 分周器」。 半分にした回数と周波数 水晶 32,768 Hz 1 回 16,384 Hz 2 回 8,192 Hz 3 回 4,096 Hz 4 回 2,048 Hz 5 回 1,024 Hz 6 回 512 Hz 7 回 256 Hz 8 回 128 Hz 9 回 64 Hz 10 回 32 Hz 11 回 16 Hz 12 回 8 Hz 13 回 4 Hz 14 回 2 Hz 15 回 1 Hz ← OS のティック ← ストップウォッチ ← 時計の秒針
図1:出力を反転させるだけで周波数は半分になる。15 回繰り返すと 32768Hz は 1Hz になる。

それなら 1Hz の水晶を作ればよいのでは

大きすぎて作れません。時計用の水晶は音叉の形で、腕が長いほどゆっくり振動し、周波数は腕の長さの 2 乗に反比例します。1/32768 にするには腕を √32768 ≒ 181 倍にする必要があり、32.768kHz の音叉の腕は 3mm 前後なので、1Hz の音叉の腕は 50cm 以上(3mm × 181 ≒ 54cm)です。腕時計には入らず、長い腕は曲がって周波数も安定しません。水晶が実用的に作れるのは 10kHz 前後より上です。

細かく調整できません。水晶には ±20ppm 程度の個体差があり、1 日で ±1.7 秒ずれます。補正はパルスを 1 回抜いて行います。32768Hz なら 1 秒間の 32768 回から 1 回抜くと 30.5ppm の補正で、さらに数十秒に 1 回抜けば 1ppm 以下まで調整できます。1Hz では最小単位が 1 秒で、100% の補正です。速い振動を数えるから、細かく調整できます。

1 秒より短い時間も作れません。ストップウォッチの 1/100 秒やマイコンを 1/256 秒ごとに起こす処理には、半分にしていく途中の 256Hz や 1024Hz がそのまま使えます。

起動も遅くなります。水晶は発振を始めてから安定するまでに数万回の振動が要り(Q 値が高いため)、32.768kHz でも 0.5〜2 秒かかります。RTC の初期化では、発振の安定を待つ処理(LSERDY フラグなど)が要ります。1Hz なら数時間から半日かかります。

ゆらぎは平均されます。1 回ごとの振動にはわずかなゆらぎ(ジッタ)があり、1 秒のパルスは 32768 回を数えた結果なので、ゆらぎは相殺されて 1 回の振動の 1/√32768 ≒ 1/181 になります。

水晶以外で 1Hz を作る RC 発振(抵抗とコンデンサの充放電)は、精度が 1〜数 % です。1% は 1 日で 15 分のずれで、時計には使えません。水晶の ±20ppm は 500 倍以上正確です。

1Hz の水晶を作らない理由3 つのパネル。音叉の大きさの比較(3mm と 54cm)、1 秒の中の調整単位の比較(1/32768 と 1)、起動時間の比較(1 秒と数時間)。 1Hz の水晶を作らない 3 つの理由 どれも「速い振動を数える」ほうが有利になる ① 大きすぎる 32.768kHz:腕 3mm 1Hz:腕 54cm 以上 音叉の周波数は腕の長さの 2 乗に反比例。 1/32768 にするには腕を 181 倍(√32768)に。 ② 調整が粗すぎる 32768 回のうち 1 回を抜く = 30.5ppm さらに数十秒に 1 回抜けば 1ppm 以下 1Hz なら最小単位が 1 秒 = 100% ±20ppm の個体差を補正できない 速い振動を数えているから、細かく調整できる。 ③ 起動が遅すぎる 32.768kHz 0.5〜2 秒 1Hz(同じ振動回数が必要) 数時間 振幅の安定に数万回の振動が要る。 1 回の振動が 1 秒なら、安定まで半日かかる。
図2:1Hz の水晶を作らない理由。音叉が 50cm を超える、調整の最小単位が 1 秒になる、起動に数時間かかる。

では、なぜもっと高い周波数にしないのか

4MHz や 10MHz の速い水晶はマイコンのクロックに使われますが、時計に使わない主な理由は電池です。消費電流は周波数に比例します。CMOS 回路は信号が切り替わるたびに電流を消費し、32.768kHz の発振回路と分周器は合わせて 0.3〜1µA で動きます。CR2032 のコイン電池(225mAh)なら計算上 25 年以上、実際にも 5〜10 年もちます。4MHz で動かすと電流は 100 倍以上になり、電池は数週間しかもちません。

音叉型は小さくて安く作れます。32.768kHz の音叉型水晶は世界で最も大量に作られており、2.0mm × 1.2mm のパッケージで数十円です。

可聴域の上にもあります。人の耳に聞こえるのは 20kHz までで、32.768kHz の音叉は振動していても聞こえません。20kHz のすぐ上で、2 のべき乗で、消費電流が十分小さい。その交点が 32768Hz です。

周波数を横軸にした制約の地図1Hz から 10MHz の対数軸に、水晶が作れない領域、可聴域、電池がもたない領域を帯で示し、その間の 20〜120kHz を実用範囲として緑で塗る。2 のべき乗の目盛りと 32768Hz の位置。 左は作れない、右は電池がもたない。その間で 2 のべき乗を選ぶ 横軸は周波数(対数)。帯は制約、緑が実用範囲 1Hz 10 100 1kHz 10k 100k 1MHz 10M 2 のべき乗:8192・16384・32768・65536 32768Hz 水晶が作れない・起動が遅い 音叉が長くなりすぎる。 調整の単位も粗い。 可聴域(20kHz まで):耳に聞こえる 電池がもたない 消費電流は周波数に比例。 4MHz で 32kHz の 100 倍以上。 水晶が作れて、電池がもつ範囲 制約を全部満たすのは 20kHz のすぐ上の 2 のべき乗、32768Hz。 腕時計用として標準になり、水晶も IC もこの周波数向けに作られている。
図3:周波数ごとの制約。左は水晶が作れず、右は消費電流が増える。残るのが 32768Hz。

温度による周波数のずれ

音叉型水晶の周波数は 25℃ 付近で最も高く、そこから離れると温度差の 2 乗に比例して下がります(−0.035ppm/℃² 前後)。0℃ や 50℃ では −22ppm、1 日で −1.9 秒です。暑くても寒くても、時計は遅れる方向にずれます。高精度な RTC IC(DS3231 など)は温度センサで補正して ±2ppm を出しています。

水晶の周波数と温度の関係横軸を温度(0〜50℃)、縦軸を周波数のずれ(ppm)にしたグラフ。25℃ で最大の 0ppm、そこから離れると温度差の 2 乗で下がる放物線で、0℃ と 50℃ では −22ppm、1 日で −1.9 秒。ずれは常に遅れる側になる。 水晶の周波数は 25℃ 付近が最大で、離れると 2 乗で下がる 暑くても寒くても、時計は遅れる方向にずれる 0 周波数のずれ(ppm) 遅れる側 0℃ 25℃ 50℃ 25℃:最大 −22ppm −22ppm 1 日で −1.9 秒 −0.035ppm/℃² 前後 ずれ = −0.035 × (T − 25)² 上には動かない 暑くても寒くても遅れる 高精度な RTC IC 温度センサで補正して ±2ppm
図4:周波数は 25℃ 付近で最大になり、離れると 2 乗で下がる。0℃ と 50℃ では 1 日で 1.9 秒遅れる。

水晶まわりの設計

負荷容量でも周波数が動きます。水晶の両端につけるコンデンサ(負荷容量、6pF や 12.5pF)が指定値からずれると周波数もずれ、1pF で 10ppm 前後動くので、基板の浮遊容量まで含めて合わせます。マイコンの RTC には、32 秒間で数パルスを足し引きして ±0.5ppm 刻みで補正する校正レジスタがあります。

発振は弱く駆動されていて、ノイズと漏れに弱くなります。配線は高インピーダンスで、隣の信号線からの結合やフラックス残渣による漏れ電流で、発振が止まったり周波数がずれたりします。水晶は IC の直近に置き、配線を最短にして、周囲を GND で囲み、下に他の信号を通さないのが定石です。

数えて 1 秒を作る利点

速い振動を数える方法には、細かく調整できる、細かい時間も得られる、ゆらぎが平均される、という利点があります。32768Hz は、水晶を作れる下限(10kHz 台)と電池がもつ上限(100kHz 以下)の間にある、2 のべき乗で耳に聞こえない周波数で、制約をすべて満たす唯一に近い値です。

消費電流と電池寿命の見積もりにはmAh→Wh の計算機と消費電力の計算機を、周波数と周期の換算には周波数⇔波長を使ってください。

よくある質問

32768 以外の 2 のべき乗(16384Hz や 65536Hz)ではだめですか。
技術的には可能で、初期の腕時計には 8192Hz や 16384Hz が使われました。低いほど消費電流は減りますが水晶が大きくなり、20kHz 以下は可聴域に入ります。高いほど水晶は小さくなりますが消費電流が増えます。
分周器とは何ですか。
入力の周波数を整数分の 1 にする回路です。「2 回に 1 回だけ数える」が 2 分周で、15 段つなぐと 32768 分周です。内部は T フリップフロップの直列接続で、リップルカウンタとも呼ばれます。
±20ppm は時計としてどのくらいの精度ですか。
1 日 86400 秒 × 20ppm = 1.7 秒、1 か月で約 52 秒、1 年で 10 分で、普通の腕時計はこの程度です。温度補正付きの RTC(±2ppm)なら 1 年で 1 分です。
マイコンの内蔵 RC 発振器で RTC を動かせますか。
内蔵の低速 RC 発振器(32kHz 前後)は精度が ±5〜10% で 1 日 1〜2 時間ずれるため、時刻を保つ用途には使えません。タイムアウトのような「おおよその時間」には向いています。

参考にした規格・資料

  • 各水晶振動子メーカ(Epson、Micro Crystal、村田製作所など)の技術資料 — 音叉型水晶の構造、温度特性、負荷容量と周波数の関係、起動時間
  • 各マイコンメーカのリファレンスマニュアル(RTC の校正レジスタ) — パルスの足し引きによる ppm 単位の校正
  • Maxim/Analog Devices DS3231 データシート — 温度補償 RTC の精度と補正方式

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