オシロのグラウンドリード 15cm が作るリンギング
オシロのプローブを基板に当てるとき、ワニ口クリップの長いグラウンドリードを何も考えずに使っていませんか。そのリードはただの電線ではなく、プローブ先端の入力容量と組んで直列共振回路を作ります。15cm のリードなら共振は 100〜150MHz 帯。立ち上がりの速い信号を測ると、基板の上では起きていないリンギングが画面に映ります。
グラウンドリードとプローブ先端は、直列共振回路そのもの
オシロのプローブでよく使うワニ口クリップのグラウンドリードは、電気的にはただのインダクタです。まっすぐな電線のインダクタンスは、実務でよく使われる目安で1mm あたり約 1nH(太さや周囲の金属で多少変わりますが、桁は動きません)。15cm のリードなら、電線の長さだけなら約 150nH、実際にはクリップの取り回しやループの形で 100〜200nH 程度になります。
一方、プローブ先端には入力容量があります。10:1 パッシブプローブは、オシロ入力の 1MΩ・十数 pF を 10 倍の 10MΩ・数 pF まで下げるために先端に補償回路を持っていて、そこに見える容量はカタログ値でおよそ 8〜16pF に分布します。ここでは代表値として10pFを使います。
グラウンドリードの L とプローブ先端の C は、被測定点からグラウンドリードを通ってプローブ入力へ戻る1 つのループの中で直列につながっています。エッジが立つたびにこの LC が励振され、共振周波数で鳴ります。f = 1 / (2π√(LC)) に L = 150nH、C = 10pF を入れると、f ≈ 130MHz(node で計算:1/(2×π×√(150e-9×10e-12)) ≈ 1.299×10⁸)。100nH〜200nH の幅で見ても、およそ 113〜159MHz です。
Q とダンピング:なぜ何周期も鳴るのか
この直列共振回路の特性インピーダンスは Z0 = √(L/C)。L = 150nH、C = 10pF なら Z0 = √(150e-9/10e-12) ≈ 122Ω。Q は Q = Z0 / R で決まります。R は被測定点の出力インピーダンスと、グラウンドリード自身の抵抗(銅の細線なので通常 1Ω 未満)を足したものです。
デカップリングコンデンサの直近や電源プレーンのように、被測定点の出力インピーダンスが 1Ω を切るような低インピーダンスの場所では、Q が 100 を超えます(R = 1Ω なら Q = 122/1 ≈ 122)。Q が高いということは、いったん励振されたエネルギーがなかなか減衰しないということで、130MHz のリンギングが何十周期も、時間にして数百 ns 続きます。これが「画面いっぱいに毛羽立ったリンギングが乗る」典型的な絵です。
逆に R を大きくすれば Q は下がります。臨界制動(それ以上大きくしても振動しなくなる境目)は R = 2Z0 ≈ 245Ω。プローブの先端に 100〜200Ω 程度の直列抵抗(ダンピング抵抗、高速ロジックのプロービングでは昔から使われる手法です)を足すと Q は 1 前後まで下がり、リンギングは 1〜2 周期でほぼ収まります。ただし先端抵抗は信号を分圧して減衰させるので、振幅を読み替える必要があります。
立ち上がり 1ns の信号を測ると、基板は鳴っていないのに画面では鳴る
ここからが実務での落とし穴です。130MHz という数字だけ見ると「メガヘルツ止まりの信号なら関係ない」と思いがちですが、リンギングを起こすのは信号の繰り返し周波数ではなくエッジの速さです。立ち上がり 1ns のデジタル信号(多くの現行ロジック IC の出力に相当)は、周波数成分としては数百 MHz まで広がっており、130MHz の共振をきれいに叩き起こします。
結果、基板の上ではただの立ち上がりエッジでも、画面には何周期ものオーバーシュートとリンギングが映ります。これを見て「基板が鳴っている」「ダンピング抵抗が足りない」と判断してしまうのが典型的な誤診断です。実際に鳴っているのは基板ではなく、プローブのグラウンドリードとプローブ先端で作った測定系そのものです。
見分け方は 2 つあります。① グラウンドリードを短くしてみる。共振周波数は f ∝ 1/√L なので、リードを半分の長さにすると L はおよそ半分になり、f は約 1.4 倍に上がります。リンギングの周波数が変わるなら、原因はリード。変わらないなら、電源のレギュレーション不足や実際の伝送線路の反射など、基板側の要因を疑ってください(配線が伝送線路として振る舞う長さも参考にしてください)。② プローブ先端とグラウンドを同じ点に当てる。被測定点を外し、先端をグラウンドクリップに直接触れさせます(後述)。信号源がないのに波形が揺れるなら、それはループが拾った自己ノイズです。
ショート試験:信号源なしで測定系自身のノイズを見る
上の②を実機でやる方法です。被測定点からプローブを外し、先端をグラウンドクリップ(またはグラウンドスプリング)に直接当てます。信号も還流電流もない状態なので、理想的には画面はまっすぐな線(電圧ゼロ)になるはずです。
ここで波形が揺れて見えたら、それはプローブとグラウンドリードが作るループが周囲の電磁界を拾っている自己ノイズです。15cm のワニ口リードをつないだままだと、リードが垂れて作るループそのものが小さなアンテナになり、蛍光灯のスイッチング電源、近くのデジタル回路、電源ラインのノイズを拾って画面が揺れます。グラウンドスプリングに替えて先端のすぐ隣にグラウンドを落とすと、ループがほぼ消えるので、多くの場合フラットに近づきます。
この試験は被測定点がなくてもできるので、「リンギングが本物かプローブのせいか」を切り分ける前に、まず測定系だけでどれだけノイズを拾うかを確認しておくと、あとで判断に迷いません。
グラウンドスプリングに替えると、共振は GHz 帯へ逃げる
対策の本質は単純で、L を下げて共振周波数を測定対象の帯域より上へ追い出すことです。プローブの先端に直接かぶせる金属コイル状の「グラウンドスプリング」(BNC 側の同軸シールドを、先端のすぐ横のグラウンドパターンやビアに数 mm で落とす付属品)を使うと、ループの物理的な長さが 15cm から数 mm まで縮み、L は 1〜数 nH まで下がります。
L = 3nH、C = 10pF なら f ≈ 919MHz。L = 5nH なら f ≈ 712MHz(どちらも node で検算)。ワニ口リードの 130MHz から 1 桁近く上がり、多くのデジタル信号やスイッチングノイズの帯域からは外れます。しかもスプリングはコイル状に密着させるぶん、ループ面積そのものが小さいので、電線の長さだけで見積もる 1nH/mm よりもさらに小さい L になりやすいというおまけも付きます。
ここで区別しておきたいのが、プローブのカタログ帯域(10:1 パッシブなら数百 MHz が一般的)と、実際に組んだときの実効帯域です。プローブ自体の周波数特性がどれだけ良くても、15cm のグラウンドリードを使った瞬間、測定系全体の実効帯域はその共振周波数で頭打ちになります。カタログ帯域は「正しいグラウンド方法(多くはスプリングか、それに準じる短い接続)を使った場合」の数字だと考えてください。
アクティブプローブ(FET 入力)は先端の入力容量が 1pF 以下まで小さく、多くの機種で先端付近に短いグラウンド基準を作る構造になっているため、同じ理屈でもともと共振が GHz 帯に逃げています。価格と引き換えに、この問題そのものを設計で潰しているとも言えます。
リード長と共振周波数、測れる立ち上がり時間の目安
| グラウンドの取り方 | L の目安 | 共振 f | 測れる立ち上がり時間の目安 |
|---|---|---|---|
| 15cm ワニ口リード | ≈150nH | ≈130MHz | 23ns より遅いエッジまで |
| 8cm ミニフック | ≈80nH | ≈180MHz | 17ns より遅いエッジまで |
| 3cm に縮めたリード | ≈30nH | ≈290MHz | 10ns より遅いエッジまで |
| 5mm グラウンドスプリング | ≈5nH | ≈710MHz | 4.2ns より遅いエッジまで |
| 3mm グラウンドスプリング | ≈3nH | ≈920MHz | 3.3ns より遅いエッジまで |
表のとおり、立ち上がり 1ns の信号を額面どおりに見たいなら、15cm はおろか 3cm のリードでも足りません。数 mm のグラウンドスプリングまで詰めて、ようやく 1ns クラスのエッジをリンギングに邪魔されずに観測できる領域に入ります。逆に言えば、立ち上がりが 20〜30ns 程度のゆっくりした信号(多くのアナログ回路や低速ロジック)であれば、15cm のワニ口リードでもさほど問題になりません。
「測れる立ち上がり時間」は経験則の目安であり、正確な RLC シミュレーションの結果ではありません。実機では被測定点の出力インピーダンス(R)次第でリンギングの振幅と収束の速さが変わるので、最終的にはショート試験とリードを変えた比較で確認してください。
スイッチング電源のリプル測定でのもう 1 つの間違い:ループが磁界を拾う
ここまでは被測定点の電圧とプローブ入力容量が作る直列共振の話でした。スイッチング電源の出力リプルを測るときは、もう 1 つ別のメカニズムが働きます。グラウンドリードが作るループ自体が、アンテナとしてインダクタや SW ノードの磁界を拾うという問題です。
同期整流バックコンバータの SW ノードとインダクタの周辺では、スイッチが切り替わるたびに電流が急峻に変化します(同期整流バックの損失の内訳で見たとおり、スイッチング損失はこの遷移の速さそのものが原因です)。この大きな dI/dt が作る磁界の中に、長いグラウンドリードで作った大きなループがあると、相互インダクタンスを介して電圧が誘導され、スイッチのたびに鋭いスパイクとして画面に乗ります。
これはビアのインダクタンスがデカップリングを鈍らせる話と根は同じ「配線のインダクタンス」ですが、起きている現象は別物です。①の共振は被測定点の電圧に対するプローブ自身の応答、②のスパイクはループが周囲の磁界を拾う結合ノイズで、被測定点に信号源がなくても、ループが磁界の中にありさえすれば乗ります。
典型的な間違いは、出力コンデンサから離れた場所(インダクタの真上や、SW ノードの配線に近いところ)に長いリードのままプローブを当てて「リプルが大きい」と判断してしまうことです。対策はグラウンドスプリングでループを小さくすることに加えて、ループの位置そのものを測りたい点(出力コンデンサの端子)のすぐそばに置き、インダクタや SW ノードから離すことです。
帯域制限 20MHz の意味
多くのオシロには「BW LIMIT」または「20MHz」というボタンがあります。これは入力の前段に低域通過フィルタを入れて、高い周波数の成分をハードウェアで削る機能です。130MHz や 900MHz のリンギング、SW ノードの磁界ピックアップによる鋭いスパイクは、どちらも 20MHz よりはるかに高い周波数にエネルギーが乗っているので、帯域制限を入れると画面上はきれいに消えます。
リプル測定で「帯域制限を入れると急にきれいになった」ときは注意が必要です。波形がきれいになったのは、測定がよくなったからではなく、20MHz 以上の成分をまとめて捨てたからです。スイッチング周波数の高調波が本当に 20MHz を超えて出ている(EMI の観点で問題になりうる)場合も、同じように消えてしまいます。
帯域制限は「ノイズかリンギングかを判断するための切り分け道具」として使うぶんには有効です(入れて消えるなら高周波成分が主因)。ですが、最終的なリプル規格への適合判定は、帯域制限なしで、正しいグラウンド方法(スプリングなど)で測るのが筋です。帯域制限をかけたままの数字を「リプル ◯◯mV」として報告すると、実際より小さい値を報告することになります。
実機で引っかかるところ
- 「基板を再設計したのにリンギングが消えない」。デカップリングやダンピング抵抗を見直す前に、まずグラウンドスプリングに替えて同じ点を測ってください。周波数が変わらなければ基板側、上がって消えればプローブ側が原因です。
- 「プローブの帯域は 500MHz のはずなのに、速いエッジが波打つ」。プローブ自体の帯域と、ワニ口リードを使ったときの実効帯域は別物です。カタログの帯域を出すには、多くの場合グラウンドスプリングでの接続が前提になっています。
- 低インピーダンスの電源プレーンやバイパスコンデンサの直近を測る。Z0 が同じでも R(被測定点のインピーダンス)が低いほど Q が上がり、リンギングが激しく長く続きます。デカップリングの効きを見たいときほど、グラウンドリードの影響を受けやすいので注意してください。
- 差動信号や高速シリアルの単発波形(アイパターンではなく単発の立ち上がり)を見るとき。1ns を切るエッジでは、数 mm のグラウンドスプリングでもまだ足りないことがあります。アクティブプローブへの切り替えを検討してください。
- ショート試験でグラウンドスプリングでも揺れる。プローブ自体のノイズフロアか、周囲の強い電磁界(近くのスイッチング電源、モータ、無線機)を疑ってください。測定点をシールドするか、ノイズ源から離すしかない場合もあります。
- 確かめ方のまとめ。① 同じ点をリード長だけ変えて測り、リンギング周波数が動くか見る。② 被測定点を外し、先端をグラウンドに直接当てて自己ノイズを見る。③ 帯域制限を入れて消えるか見る(消えれば高周波成分が主因)。この 3 つで、基板の問題かプローブの問題かはほぼ切り分けられます。
よくある質問
プローブのカタログ帯域(例 500MHz)を信じていいですか。
リードを短くしてもリンギングの周波数が変わりません。原因はグラウンドリードではないのですか。
アクティブプローブを使えば、この問題は気にしなくていいですか。
スイッチング電源のリプル測定で、帯域制限を入れたらスパイクが消えました。直ったと考えていいですか。
ダンピング抵抗をプローブ先端に入れるのと、グラウンドリードを短くするのとでは、どちらを優先すべきですか。
参考にした規格・資料
- Tektronix, "ABCs of Probes"(プローブの基礎解説) — グラウンドリードの長さが作るインダクタンスと、先端の入力容量との共振、グラウンドスプリングなど接地アクセサリの考え方
- Henry W. Ott, "Electromagnetic Compatibility Engineering", Wiley — 配線のインダクタンスの目安値(長さあたり)、ループが作る磁界結合の基礎
- 各オシロスコープメーカーのユーザーズマニュアル「帯域制限(Bandwidth Limit)」の項 — 20MHz などの帯域制限フィルタが前段のどこに入るか、ノイズ除去とスペック測定での使い分け