真空管はどうやって増幅するのか:等価回路で見れば JFET と同じ、OP アンプ回路も真空管で組める
三極管は、グリッドの電圧でプレート電流を絞る素子です。入力は電圧で、電流はほぼ流れません。これは N チャネルのデプレッション型 JFET と同じ動作で、小信号の等価回路は電流源 gm·vgk と内部抵抗 rp の並列という、JFET と同じ形になります。違うのは動作電圧が 1〜2 桁高いことと、ヒーターが要ることです。形が同じなので、ソース接地もソースフォロワも差動対も OP アンプも、真空管で同じ形に組めます。
熱電子、プレート、グリッド:電圧で電流を絞る
三極管は、真空のガラス管の中に 3 つの電極と、それを温めるヒーターが入っています。ヒーターに電流を流してカソードを 700〜800°C 前後に熱すると、表面から熱電子が飛び出して、カソードのまわりに電子の雲ができます。ここにプレート(陽極)を置いて、カソードに対して +100〜300V をかけると、電子はプレートに引かれて飛んでいきます。これがプレート電流です。電流の向きは慣習で「電子の流れの逆」なので、回路図ではプレートからカソードへ流れます。
電子の通り道の途中、カソードのすぐ前に、網状の電極が 1 枚あります。グリッドです。グリッドをカソードより負にすると、負の電荷を持つ電子は押し返されて、通り抜けられる数が減ります。グリッドをさらに負にすれば電流は止まります(カットオフ)。逆にグリッドが 0V に近づくと、電子はたくさん通り抜けます。つまりグリッド電圧が、プレート電流の蛇口になっているわけです。
グリッドはカソードより負に保つので、電子はグリッドに集まらず、グリッドにはほとんど電流が流れません。入力は電圧だけで、入力インピーダンスは外付けの抵抗(グリッドリーク抵抗、1MΩ 前後)で決まります。電流を食わずに、電圧で電流を制御する素子です。MOSFET や JFET と同じ性質です。
12AX7 の場合、プレート電圧 250V のとき、データシートの特性曲線の読み値(目安)で、グリッド電圧 −1V でおよそ 2mA、−2V で 1.2mA、−3V で 0.5mA 台まで下がります。1V の変化に対して約 1.6mA 動く、というのが相互コンダクタンス gm の値です。小さな電圧で大きな電流を動かせるのが、増幅の元です。
プレート抵抗で電圧に変える:増幅すると位相が反転する
プレート電流の変化を、電圧の変化に変えるのがプレート抵抗 Ra です。B+ から Ra を通してプレートに電流を流すと、プレート電圧は Ep = B+ − Ra·Ip になります。グリッドが正の方向に動くと Ip が増え、Ra の電圧降下が増えて、プレート電圧は下がります。入力と出力は逆相、つまりエミッタ接地やソース接地と同じ反転増幅です。
数字で追います。B+ = 250V、Ra = 100kΩ、動作点の電流が 0.87mA なら、Ra の電圧降下は 87V で、プレート電圧は約 161V です(次の節の計算)。グリッドを ±1V 振ると、電流は 0.47mA〜1.42mA に動き、プレート電圧は 203V〜108V、つまり約 ±47V の振幅になります。グリッドの 1V がプレートの 47V になるので、電圧利得は約 47 倍(33.5dB)です。
図の右上の波形が出力、左下の小さい波形が入力です。入力が山のとき出力が谷になり、振幅は 47 倍です。出力のプレートには 160V 前後の直流が乗っているので、次段にはコンデンサ(カップリングコンデンサ)を通して交流だけを渡します。
三定数 μ、gm、rp と、μ = gm × rp
三極管の性質は、3 つの数字で表します。相互コンダクタンス gm(グリッド電圧 1V あたりのプレート電流の変化、mA/V)、内部抵抗 rp(プレート電圧 1V あたりの電流変化の逆数、Ω)、そして増幅率 μ(グリッドの 1V と同じ効果を出すのに必要なプレート電圧)です。3 つは独立ではなく、μ = gm × rp の関係にあります。
μ は、負荷を付けない(Ra = ∞)ときの電圧利得の上限です。実際の利得は、Ra と rp の分圧で A = μ·Ra ÷ (Ra + rp) になります。JFET の「gm × (Rd ∥ rds)」と、同じものを別の形で書いたものです。
| 管 | μ | gm | rp | gm × rp | 使われ方 |
|---|---|---|---|---|---|
| 12AX7(ECC83) | 100 | 1.6mA/V | 62.5kΩ | 100 | ギターアンプの初段、イコライザ、高利得段 |
| 12AT7(ECC81) | 60 | 5.5mA/V | 11kΩ | 60.5 | 中利得、高周波、位相反転段 |
| 12AU7(ECC82) | 17 | 2.2mA/V | 7.7kΩ | 16.9 | 低利得、ドライバ、カソードフォロワ |
μ が大きい管は rp が高く、電流を流しにくい(gm が小さい)。μ が小さい管は rp が低く、電流をたくさん流せる。トランジスタでいう「利得を取るか、電流駆動能力を取るか」の選択が、管種の選択になっています。
ここに挙げた値は、プレート電圧 250V 前後、電流 1〜10mA の標準的な動作条件での代表値です。同じ管でも動作点が変われば gm と rp は大きく動きますし、個体のばらつきと経年変化もあります。設計では、データシートの特性曲線から動作点ごとに読み取ってください。
Ep–Ip 特性とロードライン:動作点を求めて利得を計算する
プレート電圧 Ep を横軸、プレート電流 Ip を縦軸にして、グリッド電圧ごとに曲線を描いたものが Ep–Ip 特性です。ここに、回路で決まるロードラインを重ねます。例として、12AX7 を B+ = 250V、Ra = 100kΩ、カソード抵抗 Rk = 1.5kΩ(自己バイアス)で使うと、電流とプレート電圧の関係は Ep = 250 − (100k + 1.5k)·Ip。Ip = 0 で 250V、Ep = 0 で 2.46mA を通る直線です。
自己バイアスでは、カソードが電流で持ち上がる分だけグリッドが相対的に負になります。Vg = −Rk·Ip を同時に満たす点を探すと、動作点は Ip ≈ 0.87mA、Ep ≈ 161V、カソード電圧 ≈ 1.3V(グリッドは −1.3V)になります。Rk = Vk ÷ Ip = 1.3V ÷ 0.87mA ≈ 1.5kΩ で、JFET の自己バイアス(ソース抵抗で VGS を作る)と同じ考え方です。
利得は、カソードにバイパスコンデンサを付けた場合と付けない場合で変わります。データシートの代表値(μ = 100、rp = 62.5kΩ)で計算すると、バイパスありは A = μ·Ra ÷ (Ra + rp) = 100 × 100k ÷ 162.5k ≈ 61.5 倍(35.8dB)。バイパスなしは、カソードの Rk が (μ+1) 倍にして効くので、A = μ·Ra ÷ (Ra + rp + (μ+1)·Rk) = 10000k ÷ (162.5k + 151.5k) ≈ 31.8 倍(30.1dB)。たった 1.5kΩ の抵抗が、プレート側から見ると 151kΩ に見えて、rp の倍以上になります。これが負帰還(電流帰還)の効果で、利得が半分になるかわりに、管のばらつきと歪みの影響が小さくなります。
| 条件 | 利得(倍) | dB |
|---|---|---|
| バイパスあり、データシート代表値(μ = 100、rp = 62.5kΩ) | 61.5 | 35.8 |
| バイパスあり、この動作点(0.87mA、gm ≈ 1.2mA/V) | 約 47 | 33.5 |
| バイパスなし、データシート代表値 | 31.8 | 30.1 |
| バイパスなし、この動作点 | 約 28 | 28.8 |
| (参考)Ra = 220kΩ、バイパスあり、代表値 | 77.9 | 37.8 |
| (参考)Ra = 1MΩ、バイパスあり、代表値 | 94.1 | 39.5 |
代表値の 61.5 倍と、この動作点の 47 倍に差が出るのは、データシートの 1.6mA/V が電流 1.2mA 付近の値で、0.87mA まで電流を絞ると gm が下がるからです。真空管は電流が減ると gm が下がります。Ra を 1MΩ まで大きくしても利得は 94 倍止まりで、μ = 100 を超えることはありません。
Ep–Ip 曲線とロードラインの図は、12AX7 の特性曲線に合わせた近似モデル(Koren 型の式のパラメータを調整したもの)で描いています。実物の曲線とは数 % から 2 割程度ずれます。設計に使うときは、必ず使う管のデータシートの曲線で読み直してください。
等価回路で見れば、真空管は「ドレイン抵抗が小さい JFET」
小信号の等価回路を描くと、三極管は 2 通りに書けます。グリッド–カソード間の電圧 vgk を使って、電圧源 μ·vgk と rp の直列で書く形と、それをノートン等価にした電流源 gm·vgk と rp の並列の形です。入力側は開放(グリッドに電流は流れない)。
N チャネル JFET の小信号等価回路は、入力側が開放で、出力側が電流源 gm·vgs と rds の並列です。形は三極管と完全に同じで、gm と rds が rp に対応するだけです。ゲートを負にバイアスして使い、ゲート電流がほぼゼロで、VGS = 0 付近で電流が最大、負側に絞ると電流が減る。ここまで性質が一致しているデバイスは他にありません。
BJT(ハイブリッド π)は、入力側に rπ があり、入力電流が流れます。出力は gm·vbe と ro の並列で形は同じですが、gm = IC ÷ VT は、1mA で 38.7mS と、真空管の 1.6mS より 1 桁以上大きい。そのかわり rπ = β ÷ gm = 100 ÷ 38.7mS ≈ 2.6kΩ が入力に見えます。MOSFET(エンハンスメント型)は入力が開放で形は JFET と同じですが、ゲートを正にしてオンにする点が逆向きです。
端子の対応と、五極管・三極管の位置づけ
回路図を読み替えるときの対応表です。真空管の回路をそのまま JFET の回路に読み替えられます。
三極管はプレート側の rp が低く(12AX7 で 62.5kΩ)、電流源というより「内部抵抗の大きい電圧源」に近い出力です。JFET や MOSFET を飽和領域で使うときの、ほぼ理想的な電流源とは違います。ドレイン抵抗の小さい、「出来の悪い」FET と考えると、利得が Ra と rp の分圧で決まる(Ra を増やしても μ で頭打ち)理由もわかります。
五極管は、グリッドとプレートの間に別の電極(スクリーングリッド)を入れて、プレート電圧が変わってもプレート電流がほとんど変わらないようにした管です。rp が数百 kΩ〜MΩ に達し、飽和領域の MOSFET や BJT のような電流源に近い出力になります。μ = gm·rp は数百〜千を超え、Ra を大きくすれば利得をいくらでも取れるかわりに、実際には Ra と次段の入力で頭打ちになります。
| 真空管 | N チャネル JFET | MOSFET(N、エンハンス) | BJT(NPN) | 役割 |
|---|---|---|---|---|
| グリッド | ゲート | ゲート | ベース | 制御入力 |
| カソード | ソース | ソース | エミッタ | 共通端子(電子の出どころ) |
| プレート | ドレイン | ドレイン | コレクタ | 出力(電流が流れ出る側) |
| ヒーター | (なし) | (なし) | (なし) | カソードを熱する。信号には関係しない |
| Vgk は負で使う | VGS は負で使う | VGS は正で使う | VBE は 0.6V 前後 | バイアスの向き |
定番回路の真空管版(1):接地増幅とフォロワ
エミッタ接地(ソース接地)は、カソード接地(共通カソード)増幅に対応します。図2 の回路そのものです。利得は A = −μ·Ra ÷ (Ra + rp)、出力抵抗は Ra と rp の並列、入力は高インピーダンスです。
エミッタフォロワ(ソースフォロワ)は、カソードフォロワに対応します。プレートを B+ につなぎ、出力をカソードから取る形です。利得は A = μ·Rk ÷ (rp + (μ+1)·Rk) で、μ が大きいと 1 に近づきます。12AU7(μ = 17、rp = 7.7kΩ)で Rk = 10kΩ なら A = 170k ÷ (7.7k + 180k) ≈ 0.906。出力抵抗は rp ÷ (μ+1) と Rk の並列で約 410Ω(1/gm = 455Ω に近い値)です。
同じ計算を BJT のエミッタフォロワ(IC = 1mA)でやると、出力抵抗は 1/gm = 26Ω です。真空管のカソードフォロワは、出力インピーダンスが BJT の 16 倍も高い。ただ、これはグリッドを数百 kΩ〜MΩ で受けて、ケーブル 500pF を駆動するには十分です(410Ω と 500pF の LPF は 776kHz)。12AX7 で Rk = 100kΩ なら、A = 0.984、出力抵抗は約 615Ω です。
定番回路の真空管版(2):差動対とカスコード
差動対は、ロングテールペアになります。2 本の三極管のカソードを共通にして、尾の抵抗(テール抵抗)Rt でつなぎます。ギターアンプの位相反転段として定番の回路です。片方のグリッドに信号を入れ、もう片方を交流的に接地すると、2 本のプレートに逆相の出力が出ます。
12AX7 ×2、Ra = 100kΩ で、片側の出力の利得は Ad ≈ μ·Ra ÷ (2(Ra + rp)) = 30.8 倍。同相利得は、Rt = 47kΩ のとき Ac = μ·Ra ÷ (Ra + rp + (μ+1)·2Rt) ≈ 1.04 倍で、同相除去比(CMRR)は 20 log(30.8 ÷ 1.04) ≈ 30dB です。Rt を 22kΩ にすると 23dB。OP アンプの 80〜100dB と比べると 2 桁ほど悪く、真空管のロングテールは「同相を打ち消す」より「位相を反転させる」ための回路です。ここを定電流源にすれば CMRR は上がりますが、管のペアのばらつきが残ります。
カスコードは、下側の三極管のプレート負荷に、上側の三極管のカソード(入力抵抗が 1/gm ≈ 数百Ω)を接続します。下側の電圧利得が 2.5 倍程度に抑えられるので、ミラー容量は Cgk + Cgp(1 + 2.5) ≈ 7.6pF と、通常の 84pF の 1/10 になります。上側の出力抵抗は rp + rp(μ+1) ≈ 6.4MΩ で、利得は gm·Ra に近づく(Ra = 100kΩ なら 158 倍で、単段の 61.5 倍の 2.6 倍)。ただし上側のグリッドに別のバイアス電圧(数十 V 以上)が要るので、電源が複雑になります。
OP アンプも真空管で組める:1950 年代の真空管 OP アンプ
「OP アンプ」という名前は、1947 年の Ragazzini らの論文で、アナログ計算機の演算用に使う高利得の直結アンプに付けられたものです。当時の実装は真空管でした。1950 年代には Philbrick(GAP/R)の K2-W のような真空管式の汎用 OP アンプが市販され、12AX7 を 2 本(三極管 4 つ分)使っていました。開ループの直流利得は 1 万台、電源は ±300V 前後と、今の IC の OP アンプと比べて電圧がかけ離れています。
構成は、IC の OP アンプの内部ブロックと同じです。差動入力段(ロングテールペア)→利得段(カソード接地)→出力段(カソードフォロワ、低インピーダンス駆動)。入力段の一方のグリッドが反転入力、もう一方が非反転入力です。出力から反転入力へ抵抗 Rf で帰還し、入力から Ri を通して反転入力に入れれば、反転増幅回路の出来上がりです。閉ループ利得は −Rf/Ri で、IC の OP アンプとまったく同じ式になります。
開ループ利得を AOL = 15000(K2-W の資料にある値のオーダー)と置くと、利得誤差は 1/(1 + AOLβ) で決まります。閉ループ利得 −10 倍なら、ループ利得は 15000 ÷ 11 ≈ 1364 で、誤差は 0.073%。−100 倍ならループ利得は 149 で、誤差は 0.67%。−1 倍(ボルテージフォロワに近い反転バッファ)なら 0.013% です。この計算には真空管の特性は残っておらず、反転・非反転の VCVS の理屈がそのまま使えます。
IC の OP アンプと違うのは、電源が ±300V と高いこと、入力段のオフセット電圧が大きく温度で動くこと(K2-W には、チョッパで補正する版が別にありました)、出力電流が IC の OP アンプより小さいこと、ヒーターが要ることです。それでも、帰還をかけると増幅器の性質が帰還抵抗だけで決まる、という OP アンプの考え方は、真空管の時代にできあがっていました。
実務の注意:B+ の感電、ヒーター、グリッドリーク、マイクロフォニック
真空管の回路を扱うときに、半導体の回路になかった項目を数字で並べます。
| 項目 | 数字の例 | 注意 |
|---|---|---|
| B+ 電圧 | 200〜400V | 触れれば感電。電源を切っても平滑コンデンサに残る |
| 平滑コンデンサのエネルギー | 47µF × 450V で 4.8J | 220kΩ のブリーダで 450V から 50V まで約 23 秒。放電を確認してから触る |
| ヒーター電力(12AX7) | 12.6V × 150mA = 1.89W、または 6.3V × 300mA = 1.89W | 3 本のプリ管で 5.7W。待機でも発熱する。温まるまで十数秒 |
| ヒーターの突入電流 | 熱時 84Ω(12.6V 結線) | ヒーターは冷えているとき抵抗が低く、投入の瞬間は定常より大きな電流が流れる |
| グリッドリーク抵抗 | 1MΩ 前後 | グリッド電流 0.1µA で 0.1V のバイアスずれ。入力を浮かさない |
| ミラー効果 | Cin ≈ 84〜108pF(利得 47〜61 倍) | 次の節で計算。ソース抵抗が高いと高域が落ちる |
| マイクロフォニック | 振動でグリッド–カソード間隔が変わる | 初段に出る。ソケットのゴム支持、スピーカとの物理分離で緩和 |
グリッドリーク抵抗は、グリッドの直流電位を決めるために必要です。グリッドは入力コンデンサ(カップリング)の先で浮いているので、リークが無いと、グリッドに迷い込んだ電子がたまって電位が負側にずれ、バイアスが不定になります。ひどいときは出力が一瞬止まる「ブロッキング」が出ます。ただし抵抗値が大きいほど、グリッド電流 × 抵抗のぶんだけバイアスがずれるので、1MΩ 前後が目安です。
このグリッドの浮いたノードは、ミレニアムバイパスの MOSFET ゲートと同じ「高インピーダンスのノード」です。指で触るとハムが入る、湿気とフラックスの汚れでバイアスが動く、という症状も同じ形で出ます。入力の配線を短くし、シールドし、基板の表面を洗浄してください。
ヒーターの交流ハムは、ヒーターとカソード間の漏れで入ります。ヒーターの片側を接地するか、中点をバイアス電圧(+20V 前後)で持ち上げるか、直流で点火します。ヒーターを直流にすれば、50/60Hz のハムの原因を断てます。
ミラー効果と、ギターのピックアップ:高い入力インピーダンスが相性のよい理由
三極管は、グリッドとプレートの間に Cgp という容量があります。12AX7 では約 1.7pF、グリッド–カソード間は Cgk ≈ 1.6pF です。反転増幅段では、この Cgp の両端に入力と、反転した A 倍の出力がかかるので、入力から見ると (A+1) 倍の容量に見えます(ミラー効果)。Cin = Cgk + Cgp(1 + A) です。A = 47 なら Cin ≈ 1.6 + 1.7 × 48.4 ≈ 84pF、A = 61.5 なら 108pF。数 pF の管なのに、入力側には 100pF 近い容量が見えます。
ソース抵抗 Rs と Cin(配線 10pF を加えた 94pF)の LPF で、−3dB の周波数は、Rs = 10kΩ で 169kHz、68kΩ で 25kHz、250kΩ で 6.8kHz、1MΩ で 1.7kHz です。可聴帯域を確保するには、ソース抵抗を 100kΩ 以下に抑えたい。そこで、入力段のミラー容量を減らす工夫(カソードフォロワで駆動する、カスコードにする、利得を下げる)が使われます。
ギターのピックアップはLCR の共振回路で、シングルコイルの L = 2.5H、C = 500pF(自己容量 + ケーブル)なら共振は 4.5kHz です。ここにミラー容量 94pF が並列に加わると、共振は 4.13kHz まで下がります。ピークの高さ(Q)は負荷抵抗で決まり、負荷が軽い(BJT の rπ = 2.6kΩ のような)と共振ピークが潰れます。真空管のグリッドは 1MΩ で受けられるので、ピックアップは設計どおりの共振ピークを保てます。真空管(と JFET)の高い入力インピーダンスがギターに向くのは、この理由です。
ボリュームのポット(250kΩ)を絞るとソース抵抗が下がって高域が通りやすくなり、全開ではソース抵抗が最大になって高域が落ちます。この高域の落ちを補うのが、ポットの両端に小さな C を並べるブライトキャップです。LPF の遮断周波数はRC フィルタの式 1/(2πRC) で計算できます。
なぜ今も使われるか:測定できる事実だけに絞って
「真空管の音は温かい」といった主観的な話は措いて、測定できる事実だけを並べます。
1. クリップの仕方。1 段のカソード接地増幅の波形は、上下非対称です(プレート電流のカットオフと、グリッドが 0V を超えて電流が流れ始める点が、動作点から非対称な距離にあるため)。12AX7 の近似モデルで計算すると、グリッドに ±0.5V を入れたときの出力(ピーク約 24V)で 2 次高調波が約 3.5%、±1V(出力約 47V)で 7.0%、3 次は 0.15%。小さい振幅から 2 次が先に出て、3 次はずっと小さいという傾向です。±1.3V を超えるとグリッドが正になり、グリッド電流で入力側のコンデンサに電荷がたまり、バイアスが動きます。
2. 出力段と出力トランス。パワー段はプッシュプルで組むことが多く、2 本の管の偶数次歪みが出力トランスで打ち消されるので、クリップは対称になり、奇数次が主になります。さらに出力トランスは、インダクタンスと漏れインダクタンスで、周波数特性に独自のピークと落ちを作り、大きな信号では磁気飽和で圧縮されます。出力インピーダンスも半導体アンプよりずっと高く(数 Ω)、スピーカーのインピーダンスの山に応じて周波数特性が動きます。
3. 結局、歪みの出方は回路設計で決まる。トランジスタや OP アンプでも、帰還を浅くする、ダイオードでクリップするといった回路で、同様の歪みは作れます。真空管の特徴は、素子の特性だけで、非対称でなだらかな頭打ち(ソフトクリップ)が得られることです。逆に、低歪み・低出力インピーダンス・低電圧が要る場面では、半導体が勝ちます。
音の好みは人それぞれですが、gm と rp、ロードライン、ミラー容量、トランスの飽和といった、ここまでの数字で、真空管アンプの挙動のほとんどは説明できます。回路の見方は JFET や OP アンプと同じです。
よくある質問
真空管の μ は、OP アンプの開ループ利得と同じものですか。
真空管の回路を、そのまま JFET の回路に置き換えられますか。
ヒーターは 6.3V と 12.6V のどちらで使うべきですか。
ロングテールペアの CMRR 30dB で足りますか。
低い B+(12V など)で真空管は動きますか。
参考にした規格・資料
- 12AX7(ECC83)、12AT7(ECC81)、12AU7(ECC82)の各社データシート(GE、Philips、Tung-Sol など) — μ、gm、rp、Cgk、Cgp、ヒーター定格、特性曲線。この記事の三定数は代表値
- Norman Koren, "Improved vacuum tube models for SPICE simulations", Glass Audio, 1996 — 三極管の Ep–Ip 特性を式で近似するモデル。この記事の曲線はこの形のパラメータを調整して描いたもの
- J. R. Ragazzini, R. H. Randall, F. A. Russell, "Analysis of Problems in Dynamics by Electronic Circuits", Proc. IRE, 1947 — 「operational amplifier」の名称が使われた初期の論文
- Walt Jung (ed.), Op Amp Applications Handbook, Analog Devices / Newnes, 2005 — 第 1 章に OP アンプの歴史(Philbrick の真空管 OP アンプを含む)
- Morgan Jones, Valve Amplifiers, Newnes — 真空管回路の設計全般:自己バイアス、カソードフォロワ、ロングテールペア、ミラー効果
- 2N5457 データシート(ON Semiconductor など) — 汎用 N チャネル JFET:gfs、出力アドミタンス、ゲート漏れ電流の規格値
- Sedra / Smith, Microelectronic Circuits — JFET・MOSFET・BJT の小信号等価回路、ミラー効果、カスコード、差動対