2台のWi-Fi音声機を設計する:PTT、音声遅延、電池から国内販売の確認まで

「押している間だけ相手へ話す」2台組の携帯音声機を、要求から部品候補、パケット、電源、試作検証、日本での販売判断まで通して考えます。これは未製作の参照設計です。回路図・基板・ファームウェア・筐体の完成品でも、測定済み製品や適合確認済み製品でもありません。

最終更新: 2026-11-01 装置の設計例音声通信Wi-FiI2S電池国内販売

1. 何を作るか:ルータ不要の2台組PTT音声機

1台をアクセスポイント(AP)、もう1台をステーション(STA)に固定し、2.4GHz Wi-FiのローカルUDPで音声を運びます。インターネットへの接続、クラウド、録音、外部機器への給電は設けません。交互に話す半二重で、同時発話はAP側の調停で片方だけを許可します。アマチュア無線の運用を前提とする設計ではありません。

通話距離や音圧は筐体・持ち方・干渉・スピーカに依存するため、ここでは保証値を置きません。想定場所での到達率と音の聞き取りを試作で定義します。通信が切れたときは古い音を出さずミュートする設計とし、非常連絡や生命保護を担う用途は想定しません。

要求と設計仮定を分ける
項目この設計で置く条件
音声伝送は16kHz・16bit・モノラル、10ms単位
操作PTT、音量、接続・電池表示。起動時は無音
遅延通常時の片道100ms以下を検証目標とする。未測定
電池各機に1S・3.7V公称・2000mAhの保護付きパックを仮定
充電USB-Cの5V入力のみ。PD昇圧交渉なし
販売範囲日本向け2台セット。ACアダプタは基本構成に含めない

2. ブロックを、入手する部品と電圧へ落とす

無線・処理は基板アンテナ型のESP32-S3-WROOM-1を候補とします。メーカー資料の電源条件と実装指示に従い、注文型番、メモリ構成、認証表示をBOMで固定します。マイクは現在のTDK T5848製品ページがProductionとしている候補です。よく見かけるICS-43434を無条件に流用せず、供給継続性も確認します。

マイクは1.8V系なので、3.3V GPIOへ直結しません。TLV70018で1.8Vを作り、TXU0204の固定方向の2本をSCK・WSの3.3→1.8V、別方向1本をSDの1.8→3.3Vに使います。残る入力は規定状態へ固定し、OEと電源断時の動作も確認します。スピーカ側はMAX98357AのI2S入力を使い、8Ω・1W定格を調達目標とします。これは出力できる電力の保証ではありません。

各機の主要BOM候補。抵抗・容量・保護部品と最終品番は回路図で確定する
機能候補選定を止めないための確認
無線・MCUESP32-S3-WROOM-1(基板アンテナ)実注文型番・日本の認証・アンテナ条件
入力音声T5848 / MMICT5848-00-012最新データシート、1.8V、音孔・クロック条件
音声レベル変換TLV70018 + TXU02041.8V精度、方向、電源投入・断時
出力音声MAX98357A + 8ΩスピーカSYS電圧での歪み・音圧・最大音量
充電・負荷分離BQ240744.2V充電とパック仕様・NTC・タイマ
3.3V電源TPS63070最低SYSでの出力・インダクタ・安定性
USB-C入口TUSB320LAI + TPS22919 + 専用3.3V LDOCC検出、入力制御、ESD・過電圧・逆流
電池保護回路・温度端子付き1S 2000mAhパックセル/パック型番・充放電限度・試験資料は未確定
2台組Wi-Fi PTT音声機各機は1.8VのT5848からI2Sで取り込み、ESP32-S3で16kHzへ変換してローカルUDPで片方向ずつ伝送。MAX98357Aが8Ωスピーカを駆動。保護付き1S電池と充電電源経路を持つ。 T5848 · 1.8V / I2S 48kHzESP32-S3 · FIR ↓3 · PTTMAX98357A · I2S 16kHz8Ωスピーカ16kHz / 16bit · 320B / 10ms1S電池 → 充電電源経路 → 3.3V昇降圧AP + STA · ローカルUDP · 発話は交互
図1:同じ回路を2台使う参照構成。APが発話権を調停し、音声の向きは一度に片方だけです。

3. マイクのクロックと、ネットワークの16kHzを混同しない

T5848の高品質モードはDS-000479のクロック条件で動かします。ここではI2S入力を48kHz・左右各32bitの64クロック/フレームとし、BCLK = 48,000 × 64 = 3.072MHzにします。取得した24bit形式の有効な音声を符号付きで取り出し、アンチエイリアスFIRで帯域を制限して3分の1に間引き、16kHzへ落とします。単に3サンプルごとに拾う処理にはしません。

FIRの候補は127タップの直線位相、通過帯域上端6kHz、阻止帯域開始8kHz、阻止域60dBを設計目標とします。係数を作って応答を確認する作業は残っています。群遅延は63/48,000 = 1.3125ms、直接型の概算は16,000 × 127 = 203万MAC/sです。DC除去、固定ゲイン、リミッタの後で飽和処理して16bitへ量子化します。マイク感度を最大音量と取り違えず、実音声でクリップ率を確認します。

出力は別のI2Sを16kHz・左右各32bitで動かし、BCLKは1.024MHz。モノラルを左右へ同じ値で入れ、選定したSD_MODE設定で取り出します。ESP-IDF I2S資料でスロット幅、データ位置、DMAを確認します。アンプのOUTP/OUTNはスピーカの両端へ接続し、片側をGNDへ落としません。

4. 10msパケットと、増え続けない待ち行列を決める

16,000 × 16 = 256,000bit/s、10msでは160サンプル・320byteです。プロトコル用24byteを足すとUDPペイロード344byte、IPv4/UDPの28byteを含め372byteとなり、100パケット/秒で297.6kbit/sです。Wi-FiのMAC、暗号化、ACK、再送、制御メッセージの分は含みません。公称リンク速度だけで遅延を保証しない理由がここにあります。

24byteのヘッダは、識別子4、版1、種別/フラグ1、長さ2、セッションID4、連番4、先頭サンプルのタイムスタンプ4、発話権ID4byteに割り当てます。整数のバイト順を固定し、セッションと発話権が一致しないもの、長さ違い、重複、再生期限後のパケットを捨てます。音声のアプリケーション再送はせず、期限に間に合わない過去音声を追いかけません。

受信は3フレーム・30msを初期の再生余裕とし、最大6フレーム・60msのバッファ(音声1920byte)を上限にします。欠落は10ms単位でゼロへフェードする処理を候補とし、最後の波形を無期限に反復しません。送受のクロック差は、仮に各±50ppmなら相対100ppmで毎秒1.6サンプル、10分で960サンプル=60msです。占有量を見た微小な再サンプリング等が必要で、バッファ拡大だけでは直りません。

片道遅延の設計配分例。保証でも測定結果でもない
項目配分
フレームが埋まるまで最大10ms
FIR+処理・DMA余裕約1.31ms+8.69ms = 10ms
Wi-Fi・OS・受信処理20msを検証用に割当て
受信の再生余裕30ms
出力DMA・アンプ等10ms
合計80ms。目標100msまで残り20ms、PTT権取得は別途

5. PTTは送信フラグではなく、期限付きの状態機械にする

状態は未接続、待受、発話権要求、送話、受話、故障を分けます。PTT押下で要求を出し、APのgrantを受けてから音声送信を始めます。同時要求はAPの順序付けと端末IDで一意に決め、負けた側はビジー表示を出します。離した時のreleaseだけに頼らず、50ms周期のkeepaliveと200msの発話権期限、60秒の連続発話上限を初期の設計値にします。期限は双方で判定し、再接続時は新しいセッションにします。

受話は有効なセッション・発話権と期限内の音声があるときだけ許可します。100ms新しい音声が来なければソフトでフェードしてSD_MODEを低くし、DMAの停止・再設定はミュート中に行います。MCUが固まった場合にも備え、外部ウォッチドッグ等の独立した期限回路をアンプ許可信号へ加える設計とし、その部品と回路の確定は発売前ゲートです。GPIOの初期状態だけをフェイルセーフとみなしません。

出荷時は組ごとに異なる無線資格情報を設定し、再ペアリングは物理操作中だけ許可します。接続相手を固定し、制御と音声を同じ認証済み相手からのみ受け付けます。署名付き更新、ダウングレード方針、認証済みRF設定を変更できない境界を設計します。UDPヘッダの識別子やCRCだけで盗聴・なりすまし対策が済んだとはしません。

6. 電力はモード別に仮定し、電池時間へ戻す

以下の3.3V電流は完成品の測定値やESP32の仕様値ではなく、電池計算を始めるための設計仮定です。APとSTAを同じ表で見積もったため、実測では別々に置き換えます。3.3V変換効率90%、アンプ効率80%、その他の電池側損失10mWを仮定し、受話時の平均スピーカ電力を0.20Wとします。

電池の公称エネルギーは3.7 × 2.0 = 7.4Wh。使用可能分を80%と置けば5.92Whです。送話20%・受話20%・接続待受60%なら平均0.5147W、計算時間は約11.5時間。受話連続なら約7.7時間です。平均スピーカ出力を0.40Wへ上げる感度例では連続受話は約5.8時間へ下がります。容量、劣化、温度、RF再送、実装損失を含む製品の保証時間ではありません。

各機の電力仮定。アンプはSYSから給電する
モード3.3V側の仮定アンプ入力の仮定電池側概算
送話180mA → 0.594Wミュート0.594/0.90 + 0.010 = 0.670W
受話140mA → 0.462W0.20/0.80 = 0.250W0.462/0.90 + 0.250 + 0.010 = 0.773W
接続待受100mA → 0.330Wミュート0.330/0.90 + 0.010 = 0.377W

電源容量は平均と別に審査します。3.3Vレールに0.7Aを設計枠として置くと、SYS最低3.0V・効率85%で約0.906Aの入力です。スピーカ出力0.4W・アンプ効率80%の0.167Aとその他を足すと約1.08A。保護付きパック・コネクタ・BQ24074の電池経路は、この過渡と温度を含め評価します。2A級を調達目標としますが、未選定パックの保証値ではありません。

1Sの電池からLDOだけで3.3Vを作ると放電末期に電圧余裕を失うため、TPS63070昇降圧を候補にします。最低入力・選定インダクタでの出力可能電流と安定条件を確認し、低電池停止は保護回路より先に行うよう端子降下も含め決めます。3.0VのSYSで8Ωへ0.4Wを出すには約2.53Vピークの差動振幅が必要です。理想上の余裕はあっても歪み・音圧は実測事項です。

7. USB-Cと充電は、電源を挿す場面まで設計する

USB-Cは電力入力専用とし、TUSB320LAIをSink固定で使います。CC1/CC2は同部品の接続例に従い、内蔵終端と別のRdを重複させません。VBUSから専用のTLV70033でCC回路を先に給電し、TPS22919等の入力スイッチは既定OFFとします。1.5Aまたは3AのType-C電流広告を確認した場合だけ主入力を許可する方針です。Default広告の電源やUSB-A接続では充電しない仕様にして説明書へ書き、単に5Vが見えたことから大電流を流しません。PDコントローラは使わず、9V等を要求しません。

BQ24074の入力制限は約0.9A、充電は約0.3Aを設計目標とします。例えばR_ILIM = 1.8kΩ ±1%なら、データシートの係数上限1720AΩから最大約0.965Aで、許可した1.5A広告より低くなります。充電設定も抵抗・係数の端点でパックの上限以下にします。負荷はBATへ直結せずOUT/SYSへ接続し、DPPMによる充電電流の減少を状態表示へ反映します。保護回路、NTC、充電温度、タイマ、入力ESD・過電圧・逆流と電池未接続時は別途評価します。

線形充電の熱は消えません。VBUS 5V、電池3.5V、充電0.3Aなら電池充電分で0.45W。SYS 4.4Vで0.8Wの負荷があれば入力経路の損失約(5−4.4)×0.8/4.4 = 0.109W、合計約0.559Wです(静止電流等を除く)。有効熱抵抗80/160°C/W、周囲40°Cの仮定では接合84.7/129.5°C相当となります。実基板条件と選定部品の限界で見直し、熱制限による充電遅延を許容します。2Ah/0.3A = 6.7時間は理想的な定電流部分だけの下限で、満充電時間ではありません。

8. 基板・筐体を、電波と音の部品として扱う

基板アンテナを基板端へ出し、メーカーのモジュール配置・アンテナのキープアウトに従います。電池、スピーカの磁気回路、金属ねじ、シールド、手の位置をアンテナ周辺へ押し込まない構造にし、装着した筐体で再確認します。認証済みアンテナ型から外付けへ変更することを、単なる部品代替として扱いません。

マイクの底面音孔と筐体ポートを合わせ、粘着材・防塵材の影響を評価します。スピーカの背圧がマイクへ回り込まない配置とし、半二重でも切替時のハウリングやクリックを調べます。スピーカ配線は短い対で扱い、D級アンプ、昇降圧、マイク、RFの電流経路を配置段階で整理します。4層・連続したGND面を初期候補とし、充電ICの放熱と電池への熱移動を分けて検討します。

スピーカ1W定格を「安全な音量」と読み替えません。音量の初期値、最大値、近耳使用時の音圧、異常パケットや再起動音を試作で確認し、製品の用途と距離に合う制限を決めます。

9. 日本向け発売:無線・電池・EMCは別々に適用を決める

認証済みモジュールの採用だけで、携帯する完成品の発売可否を決めません。Espressifの認証資料と実物表示を照合し、同じアンテナ、認証範囲のRF設定、電源・組込条件を固定します。TELEC FAQが示す未変更モジュールの取扱いとSAR対象時の条件に照らし、顔・身体の近くで使う筐体の適用を証明機関と確認します。「低出力Wi-FiだからSAR確認不要」とは決めません。

技適の表示は総務省作成の2026年3月資料を参照し、組込モジュールの表示を確認して適切な同一表示を完成品に付す方法を検討します。無関係な認証番号を転載したり、説明書だけに置けばよいと推定したりしません。日本の周波数・チャネル・出力設定と、その更新管理を発売判定の資料に残します。

本設計の発売判定で分ける項目。適合を取得した一覧ではない
区分この構成での確認
電波法・技適実注文モジュール・アンテナ・RF設定・筐体/人体近接条件を照合。必要な評価・手続を完了する
EMCVCCIは対象MMEに対する自主規制。加入・適合届出を採るなら同制度に従う。電波法や該当する電安法技術基準の義務と同一視しない
PSE:電池機器へ装着して販売する内蔵パックと、別売交換品・分離同梱品を分ける。単電池400Wh/L等の対象条件と例外を実品で判定する
PSE:ACアダプタ本体は5V DC入力。別途同梱・輸入・販売するAC/DCアダプタは直流電源装置の適用と表示・事業者義務を確認する
その他の出荷資料電池輸送資料、故障・回収連絡、保証、使用環境、表示と説明書を製品/販路に合わせ整える

電池の分類はMETIの範囲解釈と現在の対象非対象表で判断します。外部へ給電しない本機の装着電池という前提と、交換用パックを単体で売る場合は同じ扱いではありません。「小さい電池」「USB充電」「PSE付きセル」の一言では完成品・パックの適用や安全性は決まりません。アダプタはMETIの電安法ガイド、EMCの自主制度はVCCIの適用範囲を参照し、任意制度と強制要件を分けて記録します。

10. 試作から量産へ進めるための合否条件

この段階で確定したのは設計の方針と計算の前提です。未確定なのは実パック、保護・ウォッチドッグの回路、FIR係数、回路図と基板、音響、電波・熱・法令適用の実証です。次の試験で設計値を更新してから、BOMとソフトウェアを固定します。

発売前の検証ゲートと、量産で残す記録
段階実施する確認通過条件・記録
音声試作正弦波/音声のレベル、48→16kHz応答、I2Sビット配置、最大音量帯域・歪み・音圧・クリップ条件を仕様と照合
通信試作干渉、遮蔽、歩行、両PTT、再起動、順不同/欠落、クロック差遅延分布、欠落率、音切れ、権限期限と100msミュートを記録。故障注入も実施
電源試作最低電池、RF/音量ピーク、USB抜差し、NTC断短絡、充電中負荷リセットしない範囲と停止条件、セル/IC/筐体温度、充電時間を実測
完成品評価筐体でのRF、EMC、ESD、落下、電池固定と使用温度用途に応じた基準と法令適用を確定し必要な評価・手続を完了
量産検査電源/充電、マイク/スピーカ、既知相手とのRF、PTT、既定ミュート機番・BOM版・認証モジュール・ファーム署名/版・資格情報設定結果を保存

説明書と銘板にはモデル、機番、事業者連絡先、電源条件、充電可能な電源、電池の扱い、接続・ビジー・低電池・故障表示、通信断時の動作、使用環境と認証に応じた表示を反映します。到達距離や電池時間は測定条件付きで決め、未測定値を広告に使いません。

計算を変えるときは電力・効率・電池Wh変換へ戻ります。電源方式の判断、基板発注前レビューを使い、数字・実装・発売条件の版を一致させます。

よくある質問

この部品をそろえれば、日本で販売できますか?
この記事は未製作の参照設計です。実注文部品と認証の整合、筐体・人体近接、電池・アダプタの適用、実装と試験の確認を完了していません。発売前ゲートを通す必要があります。
音声は256kbit/sならWi-Fiで必ず遅延なく送れますか?
Wi-Fiの競合、再送、処理待ち、クロック差があるため保証できません。本文の297.6kbit/sもMAC等を含まない計算です。受信期限とミュートを設け、想定場所で遅延と音切れを測定します。

参考にした規格・資料

DEVICE DESIGN EXAMPLES

機器を一つ、設計してみる

要求・回路候補・電源と熱・試験・発売時の確認まで。未試作の設計例をたどります。

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